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提案
次の仕事……。
「いいえ、まだです。何か、花奏師として培った技術を生かしたいとは思っているのですが……」
私が首を振ると、ガロンさんは紙とペンを取り出し、そこにさらさらと文字を書いた。
「これは提案なんだが……」
そう言って、私に紙を見せる。
その紙に書いてあったのは数字だった。
いち、じゅう、ひゃく、せん、……ゼロがいっぱいだわ。
「俺の元で働かないか?」
「……え?」
ガロンさんの元で、働く?
「そして、これは、俺の元で働いてくれた場合のひと月の報酬だ」
「ええっ!?」
王城で働いていた頃と桁が二桁以上違うその金額に思わず、目を剥く。
「素性がわからない私にどうして、こんな金額を……」
「あなたが扱いの難しい聖花に好かれている、とびきり腕のいい花奏師だということ。その技量に見合った金額を提示しているだけだ」
聖花に好かれているって、さっきも言っていたけれど……。
「なぜ、そんなこと……」
「さっきも言ったように、俺は鼻が利く。聖花の香りが分かるんだ。そして、その香りから聖花があなたを離したくないって、思ってたことがわかる」
「……香りで」
自分には、さっぱりわからないから、いまいち実感がないけれど。
「……そうなのですね。ところで、ガロンさんの元で働くとしたら、私は、何を……?」
聖花は王城にしか咲いていない。
だから、聖花に演奏を聞かせる仕事ではないだろう。
「それは……」
ガロンさんは言葉をそこで止める。言葉を選んでいるようだった。
「一番、わかりやすく言えば、子守りだな」
「子守り?」
誰の子供だろう。ガロンさんの上司? それとも、ガロンさんの子供?
「ああ。……子守りと言っても、音楽が好きなやつだから、毎日曲を聞かせてやってほしい」
「……なるほど」
それなら、花奏師とやっていることは変わらない……かもしれない?
「ちなみに、ガロンさんのお子さんですか?」
「俺じゃない。……詳しくは、契約後に話す」
契約後……か。
ということは、わりと重要な方の子供なのかしら。
だって、お給料だって、あんなに良かったし。それは、口止め料も入っているのかもしれない。
「……そうですね」
私は、残りのお酒をぐいっと飲み干すと、ガロンさんを見つめた。
「ガロンさん、そのお話お受けします」
「いや、今日でなくても、酒が入ってない日に改めて――」
「今日が、いいんです!」
頭がふわふわしている状態じゃないと、決められないこともある。
「私は、変わりたい。変わらなくちゃいけないんです」
選ばれなかった私は、今度は誰かに選ばれる私になりたいから。
「……だから」
だから、どうか……。
言葉を続けたいのに、唐突に眠くなってきた。
「おい、大丈夫か? だから、ゆっくり飲めと……」
「だい、じょう……」
大丈夫。そう言いたいのに。
私は、ゆっくりと意識が夢に沈んでいくのを感じた。
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