その人は

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その人は

「はい?」  どうしたのかしら。 「あなたは、魔法使い、なのか?」 「……え?」  魔法使いって、あったことはないけれど。この世界に存在はする。 「たぶん、違うと思います」  私は魔法使いではない……はず。  演奏をすると傷や精神を癒す力を魔法と言わなければ、だけど。 「……そうか」  ガロンさんは、首を傾げて私を見た。 「なぜ、そう思われたのですか?」 「いや。……あなたの笑顔を見ると、なぜか心拍が上がる気がしたから」  それは……きっと。 「ガロンさん、先ほどあまり女性と関わる機会が少ないとおっしゃっていましたよね」 「……あぁ」  ガロンさんが小さく頷いたのを確認して、続ける。 「だから、緊張されているのでは?」 「そう……だろうか」  怒り顔ならともかく、笑顔で緊張するとは、よほど女性慣れしてないみたいだけど。 「きっとそうですよ。……そういえば、私の上司は、ガロンさん、になるのですか?」 「……あぁ、そうだな。俺が直属になると思う」  やっぱりそうなのね。  よかった。直属の上司は全く知らない人より、優しいとわかっているガロンさんの方が安心だ。  宿から出て、人気の少ない道をしばらく進むと、ガロンさんは立ち止まった。 「……ここなら、いいだろう」  そして、私の荷物を持っていない方の手を差し出した。 「ガロンさん?」 「手を」 まさかこんな場所で握手をするわけではないだろうし。 どうしたのかしら。 そう思いながら、ガロンさんの手に自分の手を重ねる。 「!」  ふわっ、と足元を風が吹き抜ける。  それと同時に、浮遊感を覚えた。いや、実際に体が少し、宙に浮いていたのだ。  そして——。  瞬きをしたうちに、周囲の景色が、がらりと変わっていた。 「……ここ、は」  磨き抜かれた壁と天井。足元の毛足が長い絨毯は、一眼で高級品とわかる。  頭上のシャンデリアは、きらきらと輝きを放っている。 「俺の城だ」  ……城、も気になるけれど。 「……俺、の?」  つまり、ガロンさんが、この場所の主人だということ。 「あぁ、そういえば、言ってなかったか。……俺の名前は、ガロン・フィガルド」 「……え」  ガロン、まではない名前ではない。  ただ、ガロン・フィガルドとなると、私が知っているのは、ただ一人。その人は……。 「魔族の王——つまり魔王とも呼ばれるな」
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