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夏祭りの夜
綿菓子とハッカパイプの甘い匂いが、汗ばんだホンタの頬をかすめた。
浮き立つような笛の音は、カラスのように柱から見下ろす四角い機器の奥から。どうどうと胸に響く太鼓や摺鉦の響きは、遠い櫓の向こうから。月のない夜空の先に、お焚き上げの煙のように立ちのぼっては消えてゆく。
星を散らばした紺色の空を見上げれば、紙垂を付けたサカキの枝くらいの細さの電線に、ホオズキの実を思わせる無地の提灯がいくつも下がり、蒸し暑い夏の空気をぼんやりとした飴色で照らしていた。参詣の声は大人も子どもも明るくさざめいて、まるで天の川のように、色とりどりの花や金魚の模様を揺らしながら流れていった。
「ホンタ、かき氷食べようぜ」
アサガオを咲かせた薄い藍地の袖を伸ばして、隣にいるアカワが宝石色のシロップが並ぶ屋台を指差した。ホンタは小さく首をかしげる。
夏祭りに行くからと、母からもらった小遣いは千円札と五百円玉が一枚ずつ。昔はもっと安く済んだのにねえ、とため息混じりに言われたが、きっといつになったって、夏祭りの夜には子どもの遊び足りないがあふれている。
それに、と首にかけたタオルに触れながらホンタは思う。
かき氷は、屋台で出しているものより、伯母さんの店の方がおいしい。砕いた氷にまでふわりと優しく甘みがついていて、そっと垂らしたシロップが積み重なった氷の山を隕石のように崩すようなこともない。
伯母さんの店はソラサギ駅の方にある。じりりと揺れる線路沿いを、背の高いヒマワリたちに見送られながら自転車を漕いでいかなきゃならなくて、最近は全然食べられなくなった。
「ぼくはいいや」
「でも、暑いじゃないか」
「じゃあ、ラムネにしよう」
氷水の中から浮かび上がったラムネは、北極の海にもぐり続けた潜水艦のようだ。さくりとフィルムをはがしてビー玉を落とす。
手のひらにじわりと染みた甘い雫を、ホンタは空色のシャツの裾で拭った。
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