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ホンタが薄青く光る潜水艦を傾けていると、隣で濃いラベンダー畑をのどに流し込んでいたアカワが大きな声を上げた。
「見ろよ、ゴマチだ。光るさかなを連れてる」
整列した提灯の先に、花田色の浴衣をそびやかして歩く、恰幅の良いゴマチの姿が見えた。母親が町一番の病院で婦長をしているゴマチは、いつも、クラスのみんなが羨むようなものを見せびらかすように持っていた。
今日のゴマチが持っていたのは、うら細く、空へと向かって伸びる紐だった。その先は、提灯の合間を縫うようにぷかりと宙を泳ぐ、金色のさかなの尾ひれに繋がっている。
「淡光魚だっけ。高いんでしょ、あれって」
「高いんだろうさ、だんぜんな」
光るさかななんて、そこらの店先に置いてあるものじゃない。夏祭りがこれから半年続いたって、きっとホンタの小遣いでは、買えることのない値段がするのだろう。
ゴマチの周りには、光るさかなを一撫ででもしよう、淡いうろこの一つでも分けてもらおうと、ツツジに集まるクマンバチやオオスカシバのように、取り巻きたちが囲んでいる。そこには見知ったクラスメイトたちの顔もあった。
金のさかなは、神社の池の鯉くらいの大きさをしていて、ぱくぱくと口を動かしては薄くにじんだ夜の空を見上げている。その姿はなぜだか、少しだけ息苦しそうに見えた。
「な、おれたちも触らしてもらおう、光るさかな」
空になった紙カップをくず入れに放り込んだアカワが、よく跳ねるボールを見上げた柴犬みたいな顔で言った。
それを見て、ホンタがふと思い出したのは、死んだ田舎の祖父の言葉だった。
『さもしい人間には、なるなよ』
お気に入りの椅子で鮭とばの皮を一本ずつむき、黒光りする食用バサミで丁寧に一口大に切り分けながら、彼はホンタにそう言った。ひとかけもらった鮭とばの、塩味を帯びたぐにぐにした食感が、いやに鮮明に思い出された。
さもしい、の意味は良く分からない。
しかし何となく、ゴマチの所へ行って、光るさかなに触らせてもらうのは、さもしいなのではないかと。胸の中のやや奥側の方でホンタはそう思った。
「ぼくはいい。自転車が心配だから、もう帰るよ」
「そう。じゃあ、また新学期な」
「うん、新学期に」
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