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石段を下りると、音と光が少しだけ遠のいた。かわりにさやと聴こえたのは、近くの沢の湧き水が、湿った草を揺らす音かもしれない。
乗り捨てられたいくつもの自転車の方に近づくと、大小様々なしっぽが一斉に振られた。取り付けられた赤い反射板が、遠い街灯の光を受けて、火事を見つけた消防車のような騒がしさで光る。その中に、一つだけ短いしっぽを丸めている自転車を見つけて、ホンタはその側に寄った。
「待たせてごめん、帰ろう」
ホンタの自転車も前は、白地に黒いブチの入った、大福みたいになめらかなしっぽをしていた。それが一学期が始まってすぐの頃、駅まで遊びに行った時に、誰かにしっぽを切られてしまった。
鋭い切り口は、きっとハサミか何かだろう。時間をかければまた伸びるから、なんて慰めの言葉は聞きたくなかった。そんな意地の悪い人間がこの世界にいるのにも嫌気が差したし、ちゃんと自転車置き場に停めなかった自分にも腹が立った。それで、ようやく反射板のベルトが付けられるようになってからも、ソラサギ駅の方へはめっきり行かなくなったのだ。
ホンタは自転車にまたがると、街灯の薄く照らす細道にペダルを漕ぎ出した。くず入れに捨ててくるのをすっかり忘れていたので、右手には、幽霊船になった薄青いビンを握ったままだった。
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