3.待ち合わせ

1/1
前へ
/6ページ
次へ

3.待ち合わせ

 梅雨入りには、まだ半月ほど間があった。  歳の離れた姉から男に電話があり、「子どもを一、二週間預かってほしい」と頼まれた。十四歳になったという。  五年前の二十歳の夏以来、会うことはなかった。  断る理由が特になかった。空き部屋はある。 「かまわない」と男は答えた。  明後日の午後、最寄り駅まで迎えに行く約束をした。  姉は口数が多い方ではなく、詳しい事情を説明しなかった代わりに、「あの子が、あなたに会いたいって言ったの」とだけ言って電話が切れた。  夜中、客用の寝床がないことに気づいたが、十四の子どもが何を荷物に持って来るのかもわからなかった。  思い悩むのも面倒だった。会った時、本人に訊けばそれで済む。  箸もない。男が一人で暮らすこの場所に、客用の物は何もなかった。    約束の日、少年が旅行用バックを肩に掛けて、待ち合わせた時刻の15分前に駅へと着いた時、一ヵ所のみの改札口には誰もいなかった。  何度か電車を乗り換えて二時間近くかかった。二路線しかない駅は、思ったよりも広く感じられた。都心の駅構内のように店舗が集まっていないのだと気づく。空きスペースが多い。  言われた時刻を15分過ぎても、男は現れなかった。  今朝、母から男の住所と電話番号が書かれたメモを渡された。どう見ても番号は固定電話のものだった。あまり電話をしたい気になれない。  先ほどから何度も自分の携帯電話を確認するが、着信はない。  駅周辺を見ようと自動改札機を通り抜ける。すぐ近くに下へ続く階段と、その両端に上下のエスカレーターがあった。こちらも広々としている。階段の天井部は高く、透明な窓だった。まぶしすぎない光が入る。  家にいた頃より、息がしやすい。  少年は階段を下りていった。  駅の外は大きなロータリーでバス用とタクシー用の停車場があったが、今は何の車も止まっていなかった。人影もほとんどない。  階段を下りた真正面に、男がロータリーを背にして歩道のガードパイプに腰かけていた。  迎えに行くと言った時刻の30分前、男は駅前に着いていた。平日の午後一時半、人通りが少ない。そういう駅だった。それが気に入ってもいた。  ガードパイプに浅く腰かけ、電話で最後に聴いた姉の言葉の意味を考えたがわからなかった。他人の心情はよくわからない。自分のものなら、だいたいわかる。  男は子どもと歩いた夏の日のこと、その日までのことを思い返していた。  会いたいのは、自分の方ではないかと思った。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加