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3.待ち合わせ
梅雨入りには、まだ半月ほど間があった。
歳の離れた姉から男に電話があり、「子どもを一、二週間預かってほしい」と頼まれた。十四歳になったという。
五年前の二十歳の夏以来、会うことはなかった。
断る理由が特になかった。空き部屋はある。
「かまわない」と男は答えた。
明後日の午後、最寄り駅まで迎えに行く約束をした。
姉は口数が多い方ではなく、詳しい事情を説明しなかった代わりに、「あの子が、あなたに会いたいって言ったの」とだけ言って電話が切れた。
夜中、客用の寝床がないことに気づいたが、十四の子どもが何を荷物に持って来るのかもわからなかった。
思い悩むのも面倒だった。会った時、本人に訊けばそれで済む。
箸もない。男が一人で暮らすこの場所に、客用の物は何もなかった。
約束の日、少年が旅行用バックを肩に掛けて、待ち合わせた時刻の15分前に駅へと着いた時、一ヵ所のみの改札口には誰もいなかった。
何度か電車を乗り換えて二時間近くかかった。二路線しかない駅は、思ったよりも広く感じられた。都心の駅構内のように店舗が集まっていないのだと気づく。空きスペースが多い。
言われた時刻を15分過ぎても、男は現れなかった。
今朝、母から男の住所と電話番号が書かれたメモを渡された。どう見ても番号は固定電話のものだった。あまり電話をしたい気になれない。
先ほどから何度も自分の携帯電話を確認するが、着信はない。
駅周辺を見ようと自動改札機を通り抜ける。すぐ近くに下へ続く階段と、その両端に上下のエスカレーターがあった。こちらも広々としている。階段の天井部は高く、透明な窓だった。まぶしすぎない光が入る。
家にいた頃より、息がしやすい。
少年は階段を下りていった。
駅の外は大きなロータリーでバス用とタクシー用の停車場があったが、今は何の車も止まっていなかった。人影もほとんどない。
階段を下りた真正面に、男がロータリーを背にして歩道のガードパイプに腰かけていた。
迎えに行くと言った時刻の30分前、男は駅前に着いていた。平日の午後一時半、人通りが少ない。そういう駅だった。それが気に入ってもいた。
ガードパイプに浅く腰かけ、電話で最後に聴いた姉の言葉の意味を考えたがわからなかった。他人の心情はよくわからない。自分のものなら、だいたいわかる。
男は子どもと歩いた夏の日のこと、その日までのことを思い返していた。
会いたいのは、自分の方ではないかと思った。
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