4.冷たい夜、星に出会う前

1/1
前へ
/6ページ
次へ

4.冷たい夜、星に出会う前

     ⚫  大学に在学中、週に三日の早朝のアルバイト先で知り合った男がいた。同じ年頃らしかったが、はっきり聴いたことはない。  単線のみの小さな駅の外側に必要最低限備え付けた程度の、更に小さなコンビニエンスストア。客が三人も入れば満杯になるような狭い店内だったが、客が三人同時に入ることは滅多になかった。一人か、多くて二人、入れ替わるように物を買ってはすぐに出ていった。  そういう時間帯なのだろうと思っていたが、客にとっては狭くて居づらかったのかもしれない。  コピー機や電子レンジもなく、宅配便の取り扱いもしない。煙草の売り上げだけはやたらに良かった。  開店準備から一時間、俺が一人で働いた後にそいつがやって来る。二人でいる時間は二時間程度で、俺が先に上がり、そいつは昼まで残る。  狭い店でもやることはそれなりにあり、半年の間、大して話をするわけでもなかった。  一度だけ、バイト終わりに「珈琲を飲みに行かないか」と誘われた。その日だけはそいつも同じ時間に上がるのだと言った。  梅雨が明ける頃だった。  断る理由も特になく、近くの喫茶店で取り留めのない話を途切れ途切れにした。時折、沈黙があっても互いに苦にならなかった。  大学図書館で借りたばかりの長編小説の題名を告げた時、そいつが「それは三部作だ。三番目のやつだ」と言った。その作者の作品が好きなのだと、自分も読んだことがあると。  俺にはその作者の予備知識がなかった。書架で短編集をいくつか数ページ読んだ後に、手に取った本だった。 「上下巻だったが」 「一部と二部は一冊だけど、三部は上下巻なんだ。全部タイトル違うけど、主人公は同じなんだよ」  そう言って、第一部と第二部の本の題名を教えられた。  俺は「読んでみる」と言い、そいつは「読んだら感想教えて」と言った。  その会話だけ、何年経っても覚えている。  翌週、そいつは店に現れなかった。  翌々週、店の責任者から「男が死んだ」とだけ聴かされた。  理由を尋ねたが「そんなことを訊くのは不躾だ」と返された。  どうして不躾なのか、俺にはわからなかった。  相手がどうでもいい人間なら、知りたいと思わない。  友人と言えるほどの仲ではなかった。住む場所も、連絡先さえ知らなかった。  ただ、喫茶店でのことを思い出すたび、片側の脇腹が、杭が刺さったようにずっと痛む。どこを歩いても、どこにいても痛む。  友人に、なれたのかもしれない。その相手を喪った時に痛むのは、胸ではないのか。胸が痛めば泣けるのか。  胸の痛みが欲しかった。  落ちる涙が欲しかった。  どちらも俺にはなかった。  代わりに黒い服を着て夏の中を歩き続けた。冷たい夜のようだった。  その中で子どもに出会った。あてもなく歩く俺の後をついて来た、唯一。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加