理不尽の底

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一昨年の7月末の、ある夜の事。 帰宅時に乗った東京メトロG線内で、私は突然、目の前に立っていた男性に暴力を振るわれた。 帰宅ラッシュで人も多かった為か目撃者も多く、また複数の人が男性を取り押さえてくれた為、私は大きな怪我等はせずに済み、男性も終点のA駅で駅員に引き渡された。 その際、被害者ということで同行を求められ、駅の事務室に向かう私。 事務室では駅員から、私が殴られた理由等を聞く事が出来た。 曰く、「若いのに自分より先に席に座っていたのが気に入らなかった」のだそうだ。 あまりに理不尽すぎる理由に私が呆然としていると――私は、駅員から警察に突き出すかどうかの選択を迫られた。 何でも、ここで説教だけで返す事も出来るが、警察を呼んで突き出し前科をつけることも可能らしい。 ちなみに、駅員のおすすめは前科をつける方だった。 なんでも、この男性、過去に何度か似た暴力事件を起こしているらしく。 しかし、事件を起こした時間帯がちょうど帰宅時間や通勤ラッシュだった事等もあり、被害者が時間を取られるのを嫌がり、警察沙汰にしなかったのだとか。 が、偶然にも私は翌日が休みであり、理不尽に暴力を振るわれたことでかなりの怒りが溜まっていた。 その為、男性を警察に突き出す選択をした私。 男性は慌てて必死に謝って来たが、私は迷わず彼に前科をつける方を選んだ。 それから数日後。 私は、突然発生した原因不明の全身の痛みに酷く苦しめられていた。 毎日毎秒、針で刺されている様な痛みがひっきりなしに全身を襲うのだ。 次の休みには絶対に医者に行こう、そう決意してG線に乗る私。 すると、座っている私の目の前に男性が立った。 見てみると、あの男性だ。 が、彼は私には気づいていないようで――必死に手元の手帳に何かを書いている。 気付かれていないのを幸いに、次の駅でこっそり降車しようとする私。 と、男性と擦れ違った際、彼の手元を見ることが出来た。 男性の手元にあったのは、茶色い革のメモ帳だったが……そこには1枚の紙が挟まっていた。 どうやら男性は、メモ帳ではなくその紙の方に必死に何かを書き込んでいるらしい。 嫌な予感がして、目を凝らして見てみると――なんと、その紙は私が写った写真だった。 しかも、私の写真に書き込まれていたのは『死ね』という言葉だったのだ。 黒く塗り潰されているように見えるくらい、心臓の辺りを中心に『死ね』と書き殴られた私の写真。 恐怖を覚えた私は写真を取り上げ、再度男性を警察に突き出した。 あれ以来、私はG線には二度と乗っていない。
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