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ウーは森の中をずんずんと奥へ奥へと進む。迷わずちゃんと戻れるかどうかなんて考えていない。今は前進するしかないのだ。
ぜいぜいと肩で息をしながら走り続けていると、開けた場所に出た。そこには他のどの木よりも巨大な木が立っており、そのうろの中に──眠る竜がいた。
本の挿絵に描かれていたものと少しだけ形状が違うが、この生き物は竜だとウーは直感的に理解した。
大きくて太い爪と口からはみ出た牙は鋭く、ぐぅぐぅと漏れる寝息は周りの木々を揺らす。
ウーは竜を前にし、怖くて怖くてたまらなくなった。体が震え、膝から崩れ落ちそうになる。昔の人々が竜を恐れた理由、そして竜退治を決断した王様や兵士達の勇気が身にしみて分かった。
今すぐに逃げ帰りたい、だけどそうはいかない。ウーは両膝をつくと、額をぬかるんだ地面にすりつけて腹から声をだす。
「ごめんなさい、ごめんなさい! アタシ達人間があなたにしたことは謝っても決して許されることはないって分かっています!」
何も悪いことをしていない相手に毒を盛る。それは竜相手でも卑劣なことには変わりない。
「こんなことを言うのは傲慢で愚かだってことは分かっています。けど、言わせて下さい。……何でもします、アタシの命をあなたに捧げても構いません。ですからどうか──」
ウーが頭を上げると、直ぐ目の前まで竜が迫って来ていた。竜はウーをじぃっと見下ろしている。
「どうか、この雨を……ほんの少しの間にだけでいいのでやませて下さい。ニジカ……友だちが死にそうなんです。かわいくて、優しい友だちなんです。そんな彼女にアタシ、虹は駄目でも晴れている空だけでも最後に見せてあげたいんです。お願いします!」
再び頭を下げた時、男とも女ともいえない声がした。
「顔を上げなさい、小さき人の子よ」
ここにいるのはウーと竜だけ。ウーはまさかと思いつつ恐る恐る竜を見上げる。
竜は穏やかな、慈悲深い目をしていた。
「その昔、都の者達に毒を盛られた竜はわたしではありません。その竜は毒が体を巡り、死にました」
「……死ん、だ」
となれば、もうこの呪いは解けないのかもしれない……そんなことを考えるウーに竜は続ける。
「死んだ竜はわたしの友でした」
「……え」
頭の中がぐわんぐわんと揺れ、心臓の鼓動が一層速くなる。これは許されない、もし自分がこの竜の立場なら絶対に許しはしないだろうとウーは思う。そして、もしかしたら自分はニジカよりも先にあの世に行くかもしれないと覚悟を決めた。しかし。
「わたしが彼の竜の呪いを解いてあげましょう。もうお前達は十分罰を受けました」
竜は空を見上げ、悲しそうにそう言った。
「……どうして、ですか?」
竜の申し出は願ったり叶ったりであったが、何故この竜がそんなことを言い出したのかウーにはまるで分からない。
「どうして? そうですね……友が死に瀕している時にわたしは何も出来ませんでした。それはとても悔しくて、悲しくて、苦しいことです。そんな思いをわたしは他の誰にもしてもらいたくはないのです。……人の子よ」
「はい、」
「わたしはお前に望みます、その友人と末永く仲睦まじくあることを」
ウーは、いつの間にか涙を流していた。それはあたたかな涙で、胸の鼓動は落ち着きを取り戻す。
「はい、わかりました」
雄大で寛大である竜を真っ直ぐに見つめ、ウーは力強く頷く。すると──雨が、やんだ。
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