舞踏会の日

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 帰りの車内では程よい揺れと満腹感で眠ってしまい、駅を出てからもまだ眠くて立て続けに欠伸が出た。帰ったら一眠りしよう、そんなことを考えながらたどり着いた家の前に人影が見えた。誰だろう……。 「あの、何か御用ですか?」  振り向いた男が小首を傾げた。黒い髪はボサボサで纏っているローブもヨレヨレだ。怪しい……。 「あれ、君はルシアンくんだよね? なぜそのような姿を?」 「はい?」 「だって本来の姿とは全然違うじゃん? なんでそんな髪の毛をもっさりさせてるの?  前見えてる? しかも丸くない?」 「見えてます。本来の姿ってなんですか」  内心ドキドキしながら虚勢を張った。どうしてこの人は本来の姿などと言うんだろう? 初対面のはずなのに。 「あなた誰なんです?」 「美しい見た目に変える人は見たことあるけど逆は初めて見た。理解できないな」  まだブツブツ呟いている。本当に彼は誰なんだ。僕の事を知っているのか? 「あの」 「あぁ、すまない。僕はシャルル。この世で一番偉大な魔法使いだよ」 「……それ、自分で言います?」 「事実だからね。おっと、急がないと。舞踏会に遅れてしまう」 「舞踏会?」 「君のところにも招待状が来ていただろう?」 「来てませんが」  「……君、アルノー家の次男だよね?」  久しぶりに聞くその家名に身震いした。どうしてそれを……?   「知ってるんですか?」 「なぜこんなところに住んでいるのか、疑問がまた出てきたけれど、ひとまず準備しよう」  なぜ知っているんだろう。ここにいることは誰も知らないはずなのに。警戒する僕をよそに彼がのんびりとした調子で懐から杖を取り出した。 「かぼちゃとネズミを用意してあるし、その前に着替えなきゃね」 「かぼちゃとネズミ?」  何故かぼちゃとネズミ? 意図がわからなくて困惑していると「あれ、知らない? 有名なんだけどな」と言って、かぼちゃとネズミを出現させた。これをどうするというのか? とりあえず僕は行く気がないことを伝えなければならない。 「知らないし、舞踏会には行きませんよ?」 「行かない? どうして?」 「どうしてって興味ないですし」  すると男は驚愕の表情を浮かべた。僕、何かおかしなことを言っただろうか? 「興味ない……だと!? そんな人いるの? 今日の舞踏会はいつもとひと味もふた味も違うよ? だってあの第二王子の」 「婚約者候補を決めるんでしょう? さっき教えてもらったので知ってます」 「それなら」 「行きません。あんなところへ行ったら気分が悪くなりそうですし」 「まぁ、たしかに戦場だもんね」 「だから申し訳ないのですが、お引き取りを」 「えー、やりたかったのにー」 「他をあたってください」 「まぁ、いっか。どうせふたりの運命は決まってるんだし」 「あの、もう帰ってもらってもいいですか?」 「これが馬車になるとこ見てみる?」  馬車になるんだ。見てみたい気もするけど、この狭い場所ではちょっとご遠慮願いたい。 「いや、大丈夫です」 「ふむ、仕方ないな」  そう言って杖を振りかざそうとした。人の話全然聞いてないな。 「ちょっと、お断りしたでしょう?」 「冗談だよ」  そう言ってかぼちゃとネズミは姿を消し、懐に杖をしまった。よかった。
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