141人が本棚に入れています
本棚に追加
/80ページ
彼はなぜかやってくる
コンコンコン――
「んー、今何時?」
寝ぼけ眼で時計を確認すると、まだ朝の6時になろうかという頃だった。誰だよ、こんな朝早くに。――ひとりしかいないか。
「はーい」
そのまま出ようとしてはっとする。いけない、このままでは。
「ちょっとお待ち下さい」
体を膨らませて、鏡の前に立った。目元が隠れるように前髪を調整し、よしと呟く。
「お待たせしました」
扉を開けると見慣れた顔の男が笑顔で立っていた。
「エミール様、早すぎませんか?」
「今日はこのあと1日予定があるから」
「じゃあ、別の日にすればいいじゃないですか」
「一昨日来た時いなかったから朝ならいるかと思って」
一昨日……先生のところへ行っていた日か。
「不在の日もあるって言ったじゃないですか。こんな朝早く来なくても」
「今日は手土産を持ってきた」
「……手土産?」
「今流行りのフルーツサンドだ」
「フルーツサンド!! なんですか、それは。美味しそうな名前ですね」
「その名の通り、パンにフルーツとクリームが挟まっている」
「ぐ……お入りくださいませ」
にやりと笑った彼を部屋に招き入れた。美味しいものに目がないと気づかれてから、何かあると食べ物を目の前に出されるようになってしまった。本当にやりてだ。
椅子に座った彼を見て仕方ないなとこっそりため息をつく。また来ると言った日以来、釣りなのか魚を食べることなのかはたまた散歩なのか、とにかく何かが彼の琴線に触れたようで頻繁にやってくるようになった。まさかこんなにも来るようになるとは思いもしなかった。
「外で食べますか?」
「うーん、そうだな。そうしよう」
「飲み物の用意をしますので、少しお待ち下さいね」
湯を沸かして、ティーポットに入れる茶葉をどれにしようかと思案する。うーん、カモミールにしようかな。茶葉をポットに入れて湯を注ぐといい香りが立ち込めた。
「いい香りがする」
「カモミールティーにしてみました」
「いいね」
水筒に注ぎ入れて準備完了だ。
「準備できました」
「じゃあ、行こう」
彼と並び立って家を出て、森の方へ向かって歩き出した。
「一昨日はどこに行っていたんだ? 仕事か?」
「先生のところです。仕事といえばそうなるのかな」
「先生?」
「魔法とか薬の調合を教えて頂いてるので、僕が勝手に先生と呼んでるんです。先生は生活力が0なので、僕が身の回りのお世話をしたり」
「師がいるのか」
「最近知り合ったんですけどね。シャルルという方なんですけど、知ってます?」
「シャルル!?」
「この世で一番偉大な魔法使いだって自分で言ってたんで、有名人なのかと思ったんですけど」
「俺が思う人物なら確かにこの世界で一番といえる存在だが」
「え……先生ってそんなにすごい人なの?」
確かに魔法に関してはすごいと思うけれど、普段の先生はヘラヘラしているし、片付けはできないし、よく物をなくすし、常に何もしたくないと言って寝ようとする……なんていうか……
「人としてはあまり尊敬できないんだけどな」
「ククク……」
「なんです?」
「心の声が漏れているぞ」
「あっ……聞かなかった事にしてください」
「結構ひどいな」
「いや、あの尊敬はしてるんですよ?」
「そういう事にしておくよ」
「本当です」
取り繕うように言葉を重ねるとさらに笑われた。魔法使いとしての先生のことは本当に尊敬しているのに。
「会ってみたいな」
「先生にですか?」
「うん」
「難しいかもしれないです。先生、人見知りなのか人に会いたがらないから」
「ルシアンは大丈夫だったのか?」
そう言われて、出会った日のことを思い出した。僕には普通に……普通かはよく分からないけれど接してくれていたな。
「そういえば僕には最初から普通でしたね。変な人だなーとは思いましたけど」
「へぇ。一度聞いてみてよ」
「分かりました。今度聞いてみますね」
最初のコメントを投稿しよう!