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「これでしばらくは大丈夫ですね。エミール様、ありがとうございました」
「ほんとありがとね。さてと、ケーキの用意するね」
先生はいそいそとこの場から姿を消し、残された僕たちは座ることにした。
「嫌なことは嫌だと言った方がいいぞ?」
「別に嫌じゃないですよ? 先生が忙しくて他のことに手が回らないっていうのは何となく分かるんで」
「ルシアンがいいなら構わないんだが。俺ならこんな事させないのに」
「また言ってる。誘って頂いても無駄ですよ?」
「いや、そうじゃなくて」
「永久就職って事ー?」
トレイを持った先生がニヤけ顔で入ってきた。
「永久に王宮で働く?……無理」
想像して倒れそうになった。
「あはは、1ミリも伝わってなーい」
「そうですね……」
「がんばりたまえよ」
「言われなくてもそのつもりです」
「おぉ、いいね。僕の目に狂いはなかったということだ」
「なんですか? ふたりとも。僕は先生のお手伝いで忙しいですからね!」
二人が顔を見合わせながら笑うから何だか面白くない。ケーキにフォークを突き刺して勢いよく食べているとまた笑われた。なんだよ、意気投合しちゃって。僕が紹介したのに。
「俺のも食べるか?」
「たくさん作ったから大丈夫だよ」
「頂きますっ!」
「うんうん、食べな? ルシアンくんの食いっぷりは見ていて気持ちがいいからね」
「ですよね……食べさせたくなります」
「そんなに食いしん坊じゃないですよ、僕」
「「え?」」
「え? 普通じゃないですか?」
そう問いかけると歯切れ悪く「まぁ、うん、普通かな」と返された。
「ですよね?」
食べることは大好きだけど、そんなにたくさん食べられないもん。食欲は人並みだ。
和やかな会はエミール様の「そろそろ帰らないと」という一言でお開きになった。
「それじゃあ、俺はここで」
「うん、また遊びにおいで」
「はい、是非」
「頑張ってね」
バチンとウィンクを飛ばす先生に一瞬虚をつかれていたけれど「はい」と答えていた。
「ルシアン、気を付けて帰るんだぞ」
「はい」
彼が僕の方に近づいて耳元でこっそり「今度の休み、一緒にでかけよう」と囁いた。体を離した彼に向かってコクコク頷くと「約束だからな」と小さく呟いた。
「またな」
「うん、またね」
彼を見送って、まだ残っている紅茶を飲むために席についた。
「帰っちゃったね。寂しいね」
「そうですね……寂しいです」
「彼と過ごすのは楽しい?」
「楽しいですよ? とても」
「それはよかった」
先生はとても嬉しそうに笑いながらカップに口をつけた。彼と過ごすのは楽しい。だからもっと一緒に過ごしたいと考えてしまう。忙しい彼の時間を長く拘束できない事は分かっているのに。
「あともう一息……といったところかな」
そう呟いた先生がまた優しく微笑んだ。
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