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彼の言う通り少し……というか結構歩いた。今は坂道を登っている途中だ。一体どこに行くのだろう?もうそろそろ坂道が終わりそう。ふうっと息を吐いて登りきった僕の目に真っ赤な夕日が飛び込んできた。
「うわ! きれい!」
少し先へ進むと夕日に照らされる街が見えた。展望台のようになっていて、何個かあるベンチにはカップルたちが陣取っていた。柵の方に近寄ってその景色を眺めた。
「夕日がすごくきれいに見えるって聞いて」
「確かにきれいです。こんなところあったんですね。知らなかったな」
それにしても……カップルだらけでちょっと気恥ずかしくなってしまう。僕たちはどんな風に見えているんだろう?恋人同士……には見えないか。
「ありがとうございます。こんなにきれいな景色、忘れられない」
「よかった。気に入ってもらえて」
ホッとしたように笑う彼に僕も笑いかけた。ここに来ることを考えてくれていた気持ちがすごく嬉しい。僕も何か考えておけばよかった。
「ちょっとベンチに座る?」
「そうですね」
空いているベンチに腰を下ろした。座ったものの急に何を話せばいいのか分からなくなって、とりあえず目の前の景色を眺めることにした。
「今日はありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
「また……」
「はい?」
「誘ってもいいだろうか?」
「是非! 是非お願いします!」
またエミール様と一緒に出かける事ができる。嬉しくて、顔がにやけてしまう。
「そうだ。これ」
持っていた袋を手渡された。あれ? エミール様のものではなかったのか。中を覗くと細長い小箱が入っていた。
「なんですか? これ」
「開けてみて」
疑問に思いながら箱を取り出し、かかっているリボンを解いて開けてみた。
「これ……!」
中には僕が見ていた銀色のチェーンに水色の宝石がついているシンプルな形のネックレスが入っていた。
「見ていただろう? それ」
「はい……。でもこんな高価なもの頂けないです」
「もらってほしいんだ。その……嬉しかったから」
「嬉しかった?」
「俺の目の色だったから」
「あの……やっぱり」
「理由あって色を変えているんだ」
「そうだったんですね」
「だから、それを身につけてくれたら嬉しいと思って」
「何だか頂いてばっかりです」
「ん?」
「僕は何もお返しすることができない」
この景色もネックレスも、貴重なお休みの時間も僕は頂いてしまった。なのに、何も返すことができない。
「別にお返しなんかいらない。隣で楽しそうに笑ってくれていたら、それでいい」
「そんな……」
「それ、つけてみてもいいか?」
「あっ……はい」
彼の方に箱を手渡して、背を向けた。温かい彼の手が少しだけ肌に触れて心臓が跳ね上がった。
「こっち向いて?」
どんな反応をされるんだろう。緊張しながら彼の方を向いた。
「いかがでしょうか?」
「よく似合ってる」
そう言って微笑む彼を見て、よかったと胸を撫で下ろす。僕も実際にどんな感じなのか見てみたい。彼の方にネックレスをかざしながら「一生大切にします。毎日つけますから!」と宣言した。
「一生って」
「宝物ですから」
にっこり笑うと彼の顔が近付いた。かと思うとふいっと逸らされてそのまま僕の肩に頭を乗せた。
「あの?」
「ごめん……ちょっと……危なかった」
「危ない?」
「帰したくないな」
「え?」
「いや、なんでもない」
そう言って顔を上げた。帰したくないと聞こえたのは気のせいだろうか? 都合よくそう聞こえたように思いたかっただけ?
「そろそろ帰ろうか」
「そうですね」
立ち上がり、後ろ髪を引かれながらその場を後にした。まだ帰りたくない。一緒にいたい。そんなことを口に出せるはずもなく、ただ黙々と路地裏へと向かった。
路地裏に到着して彼に抱き寄せられ目を閉じた。彼の「いいよ」の声で目を開けると見慣れた家の景色が目の前にあって、無性に悲しくなった。
「じゃあ、また来るから」
「はい、お待ちしてますね」
何故か泣いてしまいそうだった。でも、ちゃんと笑顔でお見送りしないといけないから、頑張って表情を作った。光に包まれた彼はあっという間に消えてしまった。
「行っちゃった」
夢のような1日だった。ずっと楽しくて、終わらないでほしいと何度も思った。そんな事今まで一度も思ったことがない。首元のネックレスに触れた。
「早くお会いしたいです」
ポツリとそう呟いた後に首を振った。ダメだ、何だかしんみりしてしまう。美味しいご飯を食べて早く寝ちゃおう。うん、そうしよう。無理やり気持ちを切り替えようとキッチンへと向かった。
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