特別な時間

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 釣り場に到着すると、エミール様は本当に餌を探してウロウロしだした。 「じゃーん、大量大量!」 「すごい! 随分慣れましたね!」 「全然気にならなくなった」 「最初はひいって言って怖がっていたのに」  お返しとばかりにふふふと笑うと「そんな事言ってないし」と口を尖らせた。その仕草がとても可愛い。 「よし、釣るぞ!」 「頑張りましょう!」  釣り糸を垂らしながらのんびりと川のせせらぎに耳を傾ける。隣にはエミール様がいる。この上なく幸せな時間だと言える。 「よし、1匹目!」  エミール様が慣れた手つきで針から魚を外しながらにっと笑った。 「早い! 僕も頑張らなきゃ」  宣言通り、エミール様はたくさん釣って僕はいまいち……という結果に終わった。 「エミール様ってどんどん上達していますよね」 「そうかな?」 「こんなんに釣り上げちゃうんだもんな」  箱の中を見つめて感嘆のため息をついた。   「ルシアンの教え方がうまいんじゃない?」 「僕、何も教えてませんけど」 「ルシアンの褒め方がうまい」 「うーん、褒めてますかね?」 「すごいって言われたいし」 「わぁー、すごーい」 「棒読み」 「あはは」 「ははは。ルシアンといると元気が出るな」 「僕もエミール様と一緒にいると元気が出ます」 「本当か?」 「本当ですよ」 「なら、よかった」  くだらないことで笑って、一緒に釣りをして、魚を食べて。今となっては当たり前みたいになっているこの時間が、実はとてつもなく貴重なものなんだと思う。彼としか味わうことができない特別な時間。釣り上げた魚を平らげると「そろそろ戻らないと」と彼が言った。 「お仕事ですか?」 「うーん、まぁそんなとこ」 「お忙しいですね。無理なさらないでくださいね」 「それはこっちのセリフ。あまり無理するなよ?」 「大丈夫ですって」 「今日は時間ないから転移してもいいか?」 「はい、大丈夫です」  転移という言葉を聞いて心臓が早鐘を打つ。またエミール様とくっつくことができる。やったぁと思う自分が浅ましくて嫌になるけれど。手を広げるエミール様にそっと寄り添うと力強く抱き寄せられた。ずっとこのまま抱きしめてもらえたらいいのに。 「目を閉じて」  ぎゅっと目を閉じるとあっという間に自宅へと戻っていた。離れたくない。でも、離れなきゃいけない。 「ルシアン」 「なんですか?」 「少しだけこのままでもいいか?」 「え?」 「パワーを分けてもらおうと思って」 「分けられてますかね?」 「うん。すごく充電できてる」 「そうですか」  少しの間だけ、パワーを送るという名目で抱きしめてもらえた。また今度、パワーを送りたいと言ったら抱きしめてもらえるだろうか? そんな事ばかりが頭をよぎっていた。
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