166人が本棚に入れています
本棚に追加
/80ページ
釣り場に到着すると、エミール様は本当に餌を探してウロウロしだした。
「じゃーん、大量大量!」
「すごい! 随分慣れましたね!」
「全然気にならなくなった」
「最初はひいって言って怖がっていたのに」
お返しとばかりにふふふと笑うと「そんな事言ってないし」と口を尖らせた。その仕草がとても可愛い。
「よし、釣るぞ!」
「頑張りましょう!」
釣り糸を垂らしながらのんびりと川のせせらぎに耳を傾ける。隣にはエミール様がいる。この上なく幸せな時間だと言える。
「よし、1匹目!」
エミール様が慣れた手つきで針から魚を外しながらにっと笑った。
「早い! 僕も頑張らなきゃ」
宣言通り、エミール様はたくさん釣って僕はいまいち……という結果に終わった。
「エミール様ってどんどん上達していますよね」
「そうかな?」
「こんなんに釣り上げちゃうんだもんな」
箱の中を見つめて感嘆のため息をついた。
「ルシアンの教え方がうまいんじゃない?」
「僕、何も教えてませんけど」
「ルシアンの褒め方がうまい」
「うーん、褒めてますかね?」
「すごいって言われたいし」
「わぁー、すごーい」
「棒読み」
「あはは」
「ははは。ルシアンといると元気が出るな」
「僕もエミール様と一緒にいると元気が出ます」
「本当か?」
「本当ですよ」
「なら、よかった」
くだらないことで笑って、一緒に釣りをして、魚を食べて。今となっては当たり前みたいになっているこの時間が、実はとてつもなく貴重なものなんだと思う。彼としか味わうことができない特別な時間。釣り上げた魚を平らげると「そろそろ戻らないと」と彼が言った。
「お仕事ですか?」
「うーん、まぁそんなとこ」
「お忙しいですね。無理なさらないでくださいね」
「それはこっちのセリフ。あまり無理するなよ?」
「大丈夫ですって」
「今日は時間ないから転移してもいいか?」
「はい、大丈夫です」
転移という言葉を聞いて心臓が早鐘を打つ。またエミール様とくっつくことができる。やったぁと思う自分が浅ましくて嫌になるけれど。手を広げるエミール様にそっと寄り添うと力強く抱き寄せられた。ずっとこのまま抱きしめてもらえたらいいのに。
「目を閉じて」
ぎゅっと目を閉じるとあっという間に自宅へと戻っていた。離れたくない。でも、離れなきゃいけない。
「ルシアン」
「なんですか?」
「少しだけこのままでもいいか?」
「え?」
「パワーを分けてもらおうと思って」
「分けられてますかね?」
「うん。すごく充電できてる」
「そうですか」
少しの間だけ、パワーを送るという名目で抱きしめてもらえた。また今度、パワーを送りたいと言ったら抱きしめてもらえるだろうか? そんな事ばかりが頭をよぎっていた。
最初のコメントを投稿しよう!