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昨日はあのまま眠っていたようだ。痛む体を気合で起こして立ち上がった。ヨロヨロと薬箱がある棚の方へ向かい箱を取り出して、鏡の方に向かった。
「こりゃ酷いな」
どこか他人事のように自分の顔を見つめた。目は腫れていて、鼻からは出血した跡が残っているし、唇は切れている。血を拭おうと布を濡らして、傷口に当てた。
「痛っ……」
傷に染みて顔を顰めた。乾いた血は取れなくて、仕方なくシャワーを浴びて体をきれいにし、塗り薬を塗った。傷の手当を終えたものの顔が腫れているし、体中痣だらけだった。いつものように体を膨らませたあと、肌の色を少し変える術をかけた。これで、誰にも分からない。気晴らしをしようと痛む体を引きずって外へ出ると畑が荒らされていた。家を出た後にまだムシャクシャしていたのだろう。
「ごめんね。帰ってきたらちゃんとするから」
めちゃくちゃになった苗木たちにそう謝って立ち上がった。とにかくあの川辺に行きたくて歩き出した。
いつもと変わらない光景にホッとして岩場に腰掛けた。ぼんやりと景色を眺めているとザクザクと歩く音が聞こえた。はっとしてその音の方を向くとエミール様がこちらに向かってきていた。
「家にいなかったから。会えてよかった」
微笑みながら近づいてくる彼の姿を見て、これが最後かもしれないと胸が苦しくなった。隣に座った彼が険しい表情で問いかけてきた。
「畑、あの男がやったのか?」
昨日の兄の態度を不審に思ったのだろう。でも、そうだと肯定することはしない。
「分かりません」
「あの男しかいないだろう。あの後何があった?」
「少し兄が機嫌を損ねてしまって。でもよくあることなので」
鋭い視線に萎縮してしまってポロリと本当のことを零してしまった。
「よくあること?」
「兄に嫌われているので」
「何かしたのか」
「僕たちが壊してしまったから」
「何だそれは?」
それを説明するつもりはない。沈黙のあとに「もう、ここへは来ないでもらえますか?」と一息に伝えた。本当は言いたくなかった言葉を。
「なぜ?」
「あなたにも危害が及ぶかもしれない。そんな事になったら僕は……」
胸が苦しくて目を伏せた瞬間彼に抱き寄せられた。
「あの」
「俺は大丈夫だから、そんなこと言わないでくれ」
「そんなこと?」
「君に会えなくなるのは嫌だ」
そう言われてさらに強く抱きしめられた。そんな事を言われてもあの人達からは逃げられないのだ。決して彼らは僕を許さない。僕は許されない存在だから。
「やめてください」
離れようとしても力強く抱きしめられた腕の中から抜け出すことができない。
「必ず君を助ける。君がずっと笑って暮らせるようにするから」
「笑って暮らせる?」
体を離されて見つめ合った。真剣な眼差しが僕を捉えて離さない。
「少しだけ待っていてほしい。片がついたら君に話したいことがある」
「何ですか?」
「今はまだ言えない。でも、俺を信じて待っていてほしい」
その言葉と強い決意を秘めた瞳に激しく胸が揺さぶられた。彼を信じて待つ。そうすれば僕の人生の何かが変わる。そんな気がして「分かりました」と伝えた。
彼が話をしてくれたその時に僕の秘密も全て話そう。話さないといけない。そう心のなかで強く思った。
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