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自覚する想い
先生から呼び出しを受けて、久しぶりに訪れた。
「先生、こんにちはー!」
また2階にいるのかな。
「せんせーい?」
階段を上がって先生の作業場を覗くと、ブツブツ呟きながら一心不乱に手を動かしている先生がいた。作業中だったか。そっと階段を降りて、荒れ放題のリビングを片付けることにした。
「ゴミは捨ててくださいって言っているのに」
文句を言いながら黙々と片付けていると階段を下りてくる音が聞こえた。
「やぁ、いらっしゃい」
「もう、先生! ゴミは捨ててください!」
先生の方を見るとぎょっとした表情を浮かべた。そんなに怖い言い方をしてしまっただろうか? しかし、先生は僕の予想だにしない発言をした。
「どうしたの? その傷」
「傷?」
「殴られたような」
見えないはずなのに、もしかして色をうまく変えられていない? 何も答えられずにいると「座って」と言われて仕方なく腰を下ろした。先生は棚の中から小瓶を取り出して僕の隣に座った。
「あの……」
「これを塗れば痛みは治まるし、早く治るから」
「見えるんですか……?」
「うっすらね。普通の人が見れば分からないけど、僕には分かる。弱っているからなのかうまくできてないから」
「そうでしたか」
「ちゃんと状態を確認したいから術を解いてくれるかい?」
「……」
「嫌なら無理にとは言わないけど」
「分かりました」
外で自分の本当の姿を曝すのは久しぶり過ぎて少し緊張した。術を解いて先生の方に顔を向けた。
「わぁ、やっぱりとてもきれいな顔だね」
「ありがとうございます」
「この美しい顔にこんな傷をつけたのはどこの誰なんだい?」
「えっと……」
「あまりやりたくないけど、僕なら君の記憶を見ることもできるんだよ?」
「そんな事できるんですか?」
「いろんな術があるからね」
「そうですか……」
ジッと見つめられ、観念して白状する事にした。
「義兄です」
「どうしてそんな?」
「折り合いが悪くて」
謎の塗り薬を手に取った先生が切れた口元に塗ってくれた。するとだんだんと痛みがなくなっていった。
「すごい、痛くない」
目の辺りにも薬を塗ってもらって、さすが先生が持っている薬は一味違うと感心してしまう。
「体にもあるんじゃない?」
「はい」
「これあげるから、塗りな。体に触ると怒られそうだからな。顔もアウトかな……」
「誰にです?」
「ん? まぁ、とある人に」
「そうですか?」
ハイと手渡されありがたく受け取った。
「それにしても許せないな。抹殺してあげようか?」
ゾッとするような低い声音で言われて慌てて首を振る。この人なら跡形もなく消し去ってしまいそうだ。
「だって消えてほしいでしょ?」
「そんな事ないです。抹殺なんて物騒すぎます」
「そうかな?」
「そうです、大丈夫です。あの、先生?」
「なんだい?」
「ここにも兄が来る可能性があるのですが」
「大丈夫さ。ここには僕が認めた人しか辿り着けないようになっているからね」
ニコッと笑う先生に安堵する。先生ならもし兄と対峙しても大丈夫かもしれないけれど。
「君は一人じゃないからね。少なくとも僕は君の味方だから、困ったら言うんだよ?」
「ありがとうございます、先生」
「うーん、こりゃすごい破壊力だな。彼、大丈夫かな」
また一人で呟いてる。僕は君の味方。その言葉がどれだけ嬉しかったか言葉で言い表せないのがもどかしい。
「本当にありがとうございます」
「……参ったな、僕も惚れちゃいそう」
「はい?」
「冗談だよ」
ヘラリと笑う先生に、僕もってなんだ?と疑問に思う。そして、彼の顔が浮かんだ。いやいや、そんな事ないない。彼が僕を好きだなんて。
「いま、彼の事を考えてるだろ?」
そう言われて顔から火が出そうになった。どうして分かったんだろう。でも、悟られたくなくて誤魔化すことにした。
「えっ、彼って?」
「しらばっくれちゃって。一人しかいないだろう?」
「いや、あの」
「うん、うん、いい顔してたよ。好きな人のことを考えてる顔、いいよね」
「好きな人?」
「好きでしょ? 彼の事」
「は?」
「違うの?」
言われてみて、自分は彼のことが好きなんだと気付く。大切な存在だという事はそういう事だったのか。
「好き……です」
「だよね。そうだと思った。心配しなくても君の未来は明るいよ」
「どういう?」
「うー、言いたい言いたい、でも言わない。知っちゃったら面白くないもんね」
「先生って、本当に未来が見えてるんですか?」
「見えるよ。あんまり信じてもらえないけどね」
「信じてますよ? 先生はすごい人ですもの」
「……未来変えちゃおうかな」
「ん? なんですか?」
「さて、小腹減らない? お茶にしようか」
「はい!」
いつもと変わらない先生とのやりとりが、何だかとても安心した。
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