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告白と真実
執事から何度か婚約に関する手紙が届き、荷造りを始めた。僕が嫁ぐことは先方にも伝えられていて、了承したという返事が来たようだ。きっと仲睦まじい関係を築けるわけではないのだろう。まぁ、致し方ないけれど。
北方にあるその地はとても寒いらしい。釣りができるような場所はあるんだろうか。釣り竿は持っていこうか処分しようか。預かっている竿は返すことができるんだろうか。竿を手にとってはどうしようかと頭を悩ませた。
全く手が動かなくて、なかなか捗らない。ようやく見つけた落ち着ける場所がこの家だった。ここを離れるのは思っていたよりもつらい。
ついに、出発の日が決まった。その日に遣いの人が来てくれるらしい。結局一度も夫になる人と会う事はなかった。どんな人なんだろうといつも考える。そして、穏やかな人だったらいいのだけれどという考えに行き着く。愛とかお金とか何もいらないから、ただただ平穏に暮らしたい。
出発の日まで、なるべく近所の人に会うようにした。もうすぐ引っ越すんですと話すと寂しくなるねと言ってくれた。やっぱりこの街が好きだなと実感させられた。
先生にも会いたかったのに、会うことはできないまま、刻一刻とその時は近づいていた。
――コンコンコン
ついに来た。もう本当に出発しないといけないんだ。つけていたネックレスを外した。これを持っていたらずっと彼の事を忘れられない気がして置いていく事を決めていた。
「はい」
深呼吸して扉を開けた。
「お待たせして申し訳……」
僕の目に飛び込んできたのはフェリクス殿下だった。水色の瞳と耳飾りでエミール様と同一人物だと確信した。彼は目を見開いている。あぁ、そうか。本当の僕を見せたことはなかったから当たり前だ。
「君は……」
「ルシアンです」
「君が? そんな……ずっと探していたのは君だったのか?」
ずっと探していた? どういう事なんだろう。
「あの……」
何とお呼びすればいいのだろうか。フェリクス殿下とお呼びしてもいいのだろうか。
「すまない、分からないよな」
首を振って否定する。分からないわけがない。
「存じています。この国の第2王子、フェリクス殿下ですよね。お姿を変えられていたのですね」
「シャルルに聞いたか?」
「はい」
慌てて跪き頭を垂れた。一国民である僕が同じ目線で話すなどあってはならない事だ。
「今まで数々のご無礼、誠に申し訳ございませんでした」
「やめてくれ」
彼が僕と同じように跪いて、目線を合わせた。
「もう俺は王子じゃない」
「王子じゃない? どういう?」
「王位継承権を放棄して、王族から離れる事になった」
「な!? えっ??」
「だってそうしないと君は振り向いてくれないだろう?」
「振り向くって……」
「君のことが好きなんだ。でも君は王族に嫁ぐことを嫌がっていたから」
まさかの発言に思考が追いつかない。確かに嫌だと言ったけれど……あれ、よく考えてみたら僕とんでもない事を言ったような。いや、それよりもだ、僕を振り向かせたくて王位継承権を放棄して王族から離れるなんて……? なんだそれは!? そんな事ありえるのか?
「なに考えているんですか!? そんな事できるんですか!? あなたはこの国の王子で……ちょっと目眩が……」
「時間はかかったけど俺の意志を尊重してくれた。ルシアン、大丈夫か?」
ものすごく落ち着いた表情で心配されても……。念の為もう一度確認しよう。何かの間違いかもしれない。聞き間違いの可能性だってある。
「本当に、放棄されたのですか?」
「うん」
待って待って、間違いじゃないのか。そんなあっさりと頷かないでほしい。
「そんなあっさりと……。だからって、僕が好きだからよかったものの、そうじゃなかったらどうしてたんですか!? 振り向かせたいって理由でそんな……」
「今、なんて言った?」
「だから僕が好きだから……」
「本当に?」
確認するように問われて、知らず知らずの内に告白していた事に気づいた。
「あっ、いや……あの」
動揺してうまく言葉が出てこない。僕ってば、何を言ってるんだよ。
「嬉しい」
そう言ってフェリクス殿下が微笑んだ。でも、僕には婚約者がいる。いまさらなかったことにはできない。
「でも僕……結婚するんです」
「幸せな気分に浸りたいところだけど、その事も含めて、君に話さなければならない事がある」
「話ですか?」
その事も含めて? わけがわからずにいると彼が言葉を発した。
「申し訳ないが、君のことを調べさせてもらった」
「そうですよね。身元がちゃんとしていないと……」
「そうじゃないんだ。シャルルから君の怪我のことを聞いて。すまなかった。俺があの時引き返していれば」
「いいえ。その時は大丈夫だったとしても、後でやられていたはずですので」
「こんな目に遭いつづけてきたのか?」
「もうご存知でしょうが、僕は父と愛人である母の子です。憎まれて当然の存在なのですから仕方がない事なのです」
「それは間違っているんだ」
「間違っている?」
「君はアルノー伯爵の息子じゃない」
「はい?」
「君の本当の父親はアルノー伯爵に殺されている」
「ちょっとまってください。急に何を言い出すんですか!? だって、僕は認知もされているし……」
「アルノー伯爵自身も知らない。君の母君は誰にも明かすことなくずっと隠し続けた」
「なぜ……」
あの人が父親じゃない? 母様は隠していた?
「手紙が見つかったんだ。でも確証は得られていない。ここで調べさせてもらいたいんだが」
「手紙……?」
「これなんだ。君の祖父に当たる人が持っていた」
「母様の字だ……」
見覚えのある母の字。僕の父親があの人ではないとは本当なのだろうか。どうして母様は教えてくれなかったのだろう。どうして……。
「髪の毛を1本もらえるか?」
「……」
「ルシアン?」
「ごめんなさい。髪ですね」
髪の毛を1本抜いて彼に手渡した。これだけで何が分かるのだろうか。
「机を借りるぞ」
「どうぞ」
そう言うと彼は椅子に座り、小瓶の中に僕の髪の毛を入れた。
「これ読んでもいいですか?」
「構わない」
彼の前に座り、手紙を開いた。そこに書かれていたのは僕が知らなかった母と父の事だった。
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