告白と真実

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 僕の母は庭師をしていた。母は美しい(ひと)だった。僕が生まれる前、母には将来を誓いあった人がいた。彼は侯爵家の人間で、母はその家の庭を手入れしていた。彼の両親は、身分が違っていたにも関わらず二人の結婚を認めていた。幸せの絶頂だったと思う。同時期にアルノー家にも母は出入りをしていた。そして、母は結婚することになったとアルノー伯爵に伝えた。彼は妻子がいるにも関わらず母に迫った。結婚など許さない、お前は俺のものだと……。困惑する母に冗談だよと言って伯爵は笑った。でもそれは、冗談ではなかった。  数日後、愛する彼は遺体で発見された。滑落事故として処理されたが、母は葬儀に来ていた伯爵から、邪魔者は排除したからねと告げられる。彼はこの男に殺されたのだと悟った。母は何度も警備隊の事務所に行き、再調査をしてほしいと掛け合った。だが、取り合ってもらえない。諦めて彼の元へ行こう。もう生きている意味がない……そう思うようになった時、体調不良に見舞われるようになる。  検査の結果、僕を身ごもっていることが分かった。嬉しかった、彼の子供がお腹の中にいる。でも、同時に不安になった。この事を伯爵に知られればこの子は殺されるかもしれない。この子の命は絶対に守らなければならない。そして母は、既成事実を作ろうと考えた。伯爵と一度だけ関係を持ったのだ。その後行方をくらましたが、伯爵の執着は凄まじく、見つかってしまう。  母に似ていた僕は、怪しまれることなく伯爵の子として認知された。伯爵から関係を強要され地獄のような日々を過ごす中で、僕という存在が母の生きる意味だった。そして、母は不治の病にかかった。死期を悟った母は、彼の両親に向けて手紙を綴った。自分がいなくなった後、僕を引き取り守ってほしいと。成長し、自分にそっくりな僕が伯爵からどういう扱いを受けるのか、そして伯爵の家族からどんな仕打ちを受けるのか、彼に引き取とられる事だけは何としても阻止したいと。  手紙には僕のことも書いてあった。見た目は自分にそっくりだけれど、自然が大好きなところや権力に興味がないところなんかは彼にそっくりで、彼がいるような錯覚を覚えることがあると。優しく素直で親バカだと笑われるかもしれないけれど自慢の息子ですと綴られてあった。  日付は母が亡くなる数日前だった。容態が急変して帰らぬ人となったのだ。恐らく体調が悪い中で少しずつ書いていたのだろう。最後の方は文字が崩れていた。母が僕に真実を伝えようとしていたのかどうかは分からない。でも……。 「……知りませんでした」 「ルシアン」 「知らなくてよかったです」 「どういう事だ?」 「僕はずっと生まれてきてはいけない存在だと思っていました。だって母とあの人がそういう関係にあったという証のようなものだと思っていたから。だから、どんな理不尽な暴力にも仕打ちにも耐えてこられた。でも、本当の事を知っていたら耐えられず、母と父の元へ行っていたかもしれません」  あの家で過ごしたのは2年にも満たなかった。けれど、二度と戻りたくないと思うほどに辛い毎日だった。僕の話を聞いたフェリクス様が顔を歪めた。 「そして、心のどこかで、母は僕を産んだことを後悔しているのではないかと思っていたんです。そうか、そうじゃなかったんですね。僕は母様の支えになる事ができていたんだ。自慢の息子だと言ってもらえた。よかった……」  震える手で母の手紙を抱きしめた。どんな思いでこれを書いたのだろう。愛する人を殺した男にずっと関係を強要されていたなんて……どれだけ辛かっただろう。でも、母はいつも笑顔だった。そんな苦しみを抱えていたなんて知る由もなかった。母を想うと涙が溢れた。 「ルシアン、君はあの家でずっと暴力を受け続けてきたのか? 彼らから逃げてここへ来たのか?」 「そうですね。でも、ここへ来たのはあの家から逃げてきたからではありません」 「他に理由があるのか?」 「少し長くなるかもしれませんが、聞いて頂けますか?」  彼が頷くのを見て一呼吸置いた。誰にも話したことのない僕の過去を話すために口を開いた。
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