舞踏会の日

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「ところで、ルシアンくん。僕の助手をする気はないかい?」 「唐突ですね」 「気に入ってしまったんだ。魔力もいい感じだし。色々と教えてあげられると思うよ」  怪しすぎる。でも、魔法を学びたいという欲が顔を出してしまった。 「薬の調合とかも?」 「うんうん。調合好きだし。何か作りたいの?」 「傷を目立たなくする薬を。自分で調合しているのですが、うまくできなくて」 「いいよいいよ。僕の家にある魔法書とか自由に見てくれていいし。薬草も使い放題! 一通り揃ってるよ? 欲しいものがあったら買ってあげるし」  ゴクリと生唾を飲み込んだ。魔法書も薬草も高いものはうんと高くて手が出ないなんてことはざらにある。それが使い放題なうえに、無料でゲットできるかもしれないだなんて。警戒心が薄くなるくらい魅力的だ。   「それ、本当ですか?」 「好きだもんね? 魔法」 「……はい、好きです。でも、ほとんど独学で」  魔力があると分かった日からずっと本を見ながら見様見真似でやってきた。普通なら学校で学ぶことができるのだろうが、僕にはそれが叶わなかった。 「学校へは?」 「普通科へは通いました」 「それはもったいない。じゃあ、決まりね。これがあれば僕と通信できるから」  差し出されたエメラルドグリーンの石がついた耳飾りを受け取った。 「きれい。ありがとうございます」  翳してみると陽の光を浴びてキラキラと輝いた。 「変則的になると思うけど、大丈夫?」 「はい。今は日雇いの仕事をしてるので」 「本当に謎だね、君は」 「そうでしょうか?」 「アルノー家といえば由緒正しい家柄だろう? それなのに」 「家族とは折り合いが悪いんです」 「そうか。時間を取らせてすまなかったね。また連絡するよ」 「分かりました。よろしくお願いします」  ローブを翻したかと思うと、その姿は一瞬で消えた。転移魔法だ。習得することが難しいと言われている上位魔法をいとも簡単に繰り出した。なんとなく胡散臭い感じはしたけれど、実力は本物かもしれない。 「さてと、片付けますか」  いつものように食事を終えて、ベッドへ潜り込んだ。  ――「ルシアン、またお前は姉の恋人に色目を使ったのですか?」 「僕は何もしていません」 「あの子が嘘をついていると言うの? 泣きながらあなた達の逢瀬を見たと言っているのですよ?」 「逢瀬なんて、誤解です」 「全く、どういう教育を受けてきたのかしら。本当にあの男そっくり。あの子を困らせるようなことばかりしないで頂戴」 「申し訳ございません」 「痛い目にあっても同じことを繰り返すのはなぜなのかしら」 「ごめんなさい、ごめんなさい」  パシンと床に鞭の音が鳴り響き、恐怖に襲われる。必死に謝る僕を見下ろす義母の目はどこまでも冷たい。ダメだ、打たれる。 「ごめんなさい」  ――次の瞬間、見慣れた天井が目に飛び込んできた。心臓は早鐘を打ち、呼吸が乱れている。 「……夢?」  体を起こして暗がりの中目を凝らすと、見慣れた風景が浮かび上がった。久しぶりにあの家の存在を思い出したから夢に出てきたのだろうか。 「大丈夫。ここには誰もいないよ」  まだドキドキと鳴り響く心臓を落ち着かせようと丸くなって膝を抱えた。 「大丈夫。大丈夫」  忌まわしい記憶を忘れたくて何度も大丈夫だと呟いた。
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