192人が本棚に入れています
本棚に追加
/80ページ
まだ何かあるのだろうか。身構えていると懐から箱を取り出して僕の前に差し出した。中に入っていたのは、輝く宝石があしらわれた指輪だった。
「受け取ってほしい」
宝石の大きさにギョッとした。きっと物凄く高価なものだ。思わずブンブンと首を横に振った。
「こんな高価なもの頂けません」
「これはさ、母上から譲り受けたものなんだ。いつか大切な人ができてプロポーズする時に贈りなさいと」
「プロポーズ?」
「贅沢な暮らしをさせてあげることはできないかもしれない。でも、いつも君が笑顔でいられるように、一生愛し、守りそばにいることを誓う。俺と結婚していただけませんか?」
「本気ですか?」
「冗談でこんな事言わないから」
「ですよね」
「素直な気持ちを聞かせてくれないか?」
「僕は辺境伯様のところへ嫁がなくてもいいんですよね?」
「あぁ、それは大丈夫だ。彼も君を助けるための協力者だから。誰を選ぶかはルシアン次第なのだが……」
胸が一杯で言葉が出てこない、こんな事あって良いのだろうか。大好きな人から求婚をされるなんて。
「ルシアン?」
涙で前が滲んでしまう。ふうっと一呼吸おいてから目尻を拭い、真っ直ぐに彼を見つめた。
「お受けしたいです。あなたのそばにずっといたいです」
「撤回できないけど大丈夫か?」
「大丈夫です。フェリクス様こそ、もう本当に王子様には戻れませんよ? いいんですか?」
「元々王位には興味なかったし、優秀な兄上がいるから問題ない。とは言っても、兄の補佐はしなければならないんだが」
「そうなんですね」
「はめてみてもいいかな?」
「はい」
立ち上がった彼が僕の前に膝まづいて、指輪をはめてくれた。その指にそっと口付けられてドキリとした。
「王子様みたいですね」
「元王子だからな」
「ふふ、そうでした」
「ルシアン」
「何ですか?」
「絶対幸せにするから」
「もう十分ですけどね」
「ん?」
「フェリクス様のそばにいられるだけで、僕は幸せなので」
勢いよく立ち上がった彼に、その勢いのまま抱きしめられた。
「わわっ」
「どうしてそんな」
「いっ……痛いです」
「キスしてもいい?」
「え……あの……心の準備が」
「ダメか?」
抱きしめる力を弱めた彼がションボリした顔で僕を見つめた。僕の愛おしい人。
「冗談です」
両頬を手で包みこんで、顔を寄せそっと唇を重ねた。初めてで、少し震えたことに気づかれただろうか? 顔を離すと、ものすごく見開いた目で見られてギョッとした。
「あの……おかしかったですか? 初めてでよく分からなくて」
「いや、おかしくない。俺、早死するかもしれない」
「え?」
「心臓が持たない……」
「あの、フェリクス様?」
「今のちょっとよく覚えてないからもう1回いい?」
「やっ、待って」
ガシッと両腕を掴まれてあっという間に唇を塞がれた。僕の初めて……覚えていないってどういう事だ!? この口づけが終わったら文句を言ってやる。そんな事を思っていたのに、全然終わらなくて何なら唇の隙間から舌まで入ってきて、何も考えられなくなってしまった。
「んぅっ……」
唇が離れたと思ったら「好きだ」と囁かれて、唇が腫れてしまうのではないかと思うくらい何度も口づけられた。
「もう……いいですか?」
「今日は……うん、我慢する。ゆっくり進んでいこう」
あまり信用ならないけど頷いておいた。
「これからどうする? 俺の部屋に来る?」
「ゆっくり進んでいこうって言いましたよね!?」
「……別に何もしない」
「今日はゆっくり頭の中を整理したいので、お帰りください」
「冷たくないか?」
「普通ですが?」
「寂しい……」
「恋人になったのですから、いつでも会えるでしょう?」
恋人って……。自分で言っておいて恥ずかしくなってきた。
「そうだけど……」
「フェリクス様は転移できるのですし」
「そうだよな」
「そうです」
「いつ来ても問題ないよな?」
「問題ありませんから」
「分かったよ。今日は帰る。やる事はまだあるしな」
「はい」
あの人の罪を暴いて、裁きを受けてもらう。それだけは絶対に成し遂げなければならない。今日は1人で頭を整理しないとパンクしてしまいそうだ。これからのことも考えないといけないし。
彼を見送るために立ち上がった。
「じゃあ、ゆっくり休んで」
「はい。色々とありがとうございました」
「また来るから」
「お待ちしてます」
軽く口づけを交わしたあとに、彼はいなくなった。ヨロヨロと机に戻り椅子に座った。そのまま頭を机に乗せて「これ……夢じゃないよね?」と独り言た。
最初のコメントを投稿しよう!