彼の部屋で*

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「何か食べるか?」 「……食べたいです」 「着るものは何でもいいか?」 「大丈夫ですが……」 「少し待っていてくれ」  服を持ってきた彼に体を清められて、袖を通した。 「びっくりするくらいぴったりです」 「ルシアンがいつ来てもいいようにいくつか作ったから」  物凄く用意周到だ。下履きまであるのだから。 「ありがとうございます」 「いつ来てもいいからな?」 「はい……」  手を引かれて先程までいた部屋に戻ると、「エミール、用意してくれ」とフェリクス様が呟いた。エミール? 「エミール様は実在するのですか?」 「俺の側近だ」 「本物!!」  少しワクワクしながらエミール様がやってくるのを待った。すると、扉をノックする音が聞こえた。 「入ってくれ」 「失礼致します」  わぁー、本物だ! ワゴンを押したエミール様は銀縁の眼鏡をかけた真面目そうな人だった。 「エミール、ルシアンだ」 「はじめまして、エミール様」 「様などつけて頂かなくてよいです」 「呼び慣れていますので」 「そうですか、それならばお好きにお呼びくださいませ」  ニッコリ微笑むと目を逸らされた。あれ、やっぱり嫌だったのかな……。   「遅かったですね。もう少し早く呼ばれるかと思っていたのですが……あぁ、なるほど」 「なんだ?」 「おめでとうございます」 「ニヤニヤするな」 「おっと、失礼」  テキパキと机の上にセッティングしていく様子を見つめていると、ヒョイッとフェリクス様に持ち上げられて膝の上に乗せられた。 「あの?」 「どれが食べたい?」 「恥ずかしいのでおろしてください。自分で食べられます」 「私のことはお気になさらず。すぐに退室しますので」 「一緒に食べないのですか?」 「そこの人が殺気立っているのでやめておきます」 「殺気立つ? 残念だな。エミール様とお会いできて嬉しいのに」 「申し訳ございません。それでは、失礼致します」  クルリと向きを変えた彼は足早に扉の外へと出ていった。 「残念だなぁ。もっと話してみたかったのに……。嫌われちゃったのでしょうか?」 「そんな事ないよ。俺がルシアンを独り占めしたかったから出ていってくれただけ」 「独り占めって……」 「惚れられたら困るし」 「それはないでしょう」 「あるから言ってるんだ。ルシアンが微笑むと空気が変わるんだからな?」 「よく分からないです。どれも美味しそうですね。どうしよう」    机の上に置かれたキラキラと輝くようなスイーツ達を前にして、真剣に悩み始めた。 「全部食べていいからな?」 「流石に無理でしょ」 「いや。いけるだろ」 「うーん、タルトから食べようかな?」  おろしてと言ったのに、膝に乗せられたまま切り分けられたタルトを口の前に差し出された。 「あーん」 「自分で食べられるのに」  仕方がないと諦めて口を開けた。 「うーん、おいひぃです!」  生地はサクサクだし、カスタードクリームは濃厚でそこにいちごが加わって絶妙なハーモニーを奏でている。さすが王室のスイーツ。   「次はどれにする?」  雛鳥のようにフェリクス様に口へ運んでもらって、気付けばほとんど食べ尽くしていた。あれ、あんなにたくさんあったのに……食べちゃった。 「お腹いっぱい。幸せです」  フェリクス様にもたれ掛かるとそっと髪を撫でられた。ダメだ、眠くなってくる。 「眠いんじゃないか?」 「そんな事ないです」 「もう少し一緒にいたかったが、帰るか?」  首を横に振った。 「僕ももう少し一緒にいたいです」 「そんな事を言われると帰したくなくなるな」 「いつもそうだから。ずっと一緒にいたいなと思ってしまうんです」 「理性を壊すようなこと言わないでくれないか?」 「ご……ごめんなさい」 「ルシアンが可愛すぎて困る」  頭を抱えるフェリクス様を見て笑ってしまった。 「早く一緒に暮らしたいですね」 「全く同感だよ」  笑いながら見つめ合って、また口づけを交わした。そんな事をしたら余計に帰りたくなくなってしまうのに、抗えない欲に溺れて彼を求めた。
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