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最寄りの駅に到着し、見慣れない街の光景を見回した。祖父の家は商店街を抜けて、坂を上がったところにある。
「知らない街を歩くのってワクワクしますね。いい匂いがするな」
「何か買うか?」
「大丈夫です」
「いいのか? あれとか好きそう」
「うっ……」
好き……絶対に好き。カップの中に小さなドーナツが入ってる。あの白い粉は砂糖かな? 絶対に美味しいやつ。
「あれは? あの焼き菓子」
バームクーヘン? 切り株みたいだ。食べてみたい!
「あれは……?」
「もうやめてください!」
「ん?」
「1つに絞れません!!」
「ふっ……ごめん」
「何なんですか!? この誘惑が多い通り」
「普通だと思うが?」
「普通じゃありませんよ。こんな四方八方からいい匂いを漂わせて」
いい匂いがしすぎて頭がおかしくなりそうだ。
「まぁ、君のお祖父さんが何か用意してるかもしれないから我慢しようか」
「そうなんでしょうか?」
「食べることが好きだと話したから」
「何か恥ずかしいです」
後ろ髪を惹かれながら誘惑ストリートを通り抜け、石畳の坂道を歩き始めた。レンガ造りの家が多くて、レトロな雰囲気だ。坂を上がりきると鉄製の柵に囲まれた広大な敷地が見えた。
「ここだよ」
「ここですか!?」
僕の家が何個入るんだろうと思うくらい広い敷地の中心に大きなお屋敷があって、その他にも2つ屋敷が建っていた。
「立派ですね」
「そうだな」
呼び鈴を鳴らすと、中から初老の男性が出てきた。あの人だろうか。門を開けてもらい、中へ招き入れられた。
「お待ちしておりました」
微笑む男性について歩いていく。右側には庭園があって、母様はあの庭の手入れをしていたのかなと考えていると両開きの大きな扉の前に到着した。
「どうぞ、お入りくださいませ」
「失礼します」
中に入ると笑みを浮かべた男の人が立っていた。
「いらっしゃい。よく来たね」
この方がお祖父様だ。とても優しそうな雰囲気が滲み出ている。
「はじめまして。ルシアンです」
懐かしむような表情をしたあとに「本当によく似ている」と呟いた。
「さぁ、入って」
「お邪魔します」
廊下を歩き、通された部屋からは庭が一望できた。
「庭園だ」
「君の母上が手入れしてくれていたんだよ。息子もあそこが大好きでね。あぁ、君の父親だね」
「そうなんですね」
「すまなかった。つらい思いをさせてしまって」
「僕を助けてくれようとしたと伺いました。ご尽力ありがとうございました」
「会えて嬉しいよ、ルシアン」
「お祖父様とお呼びしてもよろしいのでしょうか?」
そう言うと、目に涙を浮かべながら頷いてくれた。そっと先程の男性がハンカチを差し出し、目尻を抑えながら「歳を取ると涙もろくなっていかんな」と言って笑みを浮かべた。
「お祖父様はおひとりなのですか?」
「うん。数年前に妻が亡くなってね。会わせてやりたかった」
「あとで、お墓に行きたいのですが」
「この近くに眠っているから案内させよう」
「ありがとうございます」
庭を眺めると色とりどりの花が咲き誇っていた。あそこで母様達はどんな話をしたんだろう? 父様はどんな人だったんだろう?
「あの、どんな人だったんですか?」
「息子かい?」
「はい」
「そうだな。堅苦しい事が大嫌いな男でね。交流会から逃げ回っていたな。権力とか金に興味がないと言ってね。自然が好きだったからよく山に登っていたよ」
何だか親近感を覚えた。
「君もそういうものに興味がないと聞いて、見た目は彼に似ているけれど、性格は息子そのものだと思ったよ」
「そうですね。似てるなと思いました」
「王宮に入りたくないと言ったそうじゃないか」
「あっ、はい……」
「ははは、それで王位継承権を放棄させるなどなかなかじゃな」
「僕はそんな事になるなんて思ってなかったんですけど、フェリクス様が勝手に話を進めちゃって」
「だって俺が王子のままだったらプロポーズに応じてくれなかっただろう?」
「そ……それは」
「ほら」
「ははは、仲睦まじくて嬉しくなるよ」
ふたりで顔を見合わせて照れ笑いするしかない。
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