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ハネムーンの段取りは全部フェリクス様がやってくれて、もう来週というところに迫っていた。フェリクス様は休暇前ということもあってか忙しいらしく毎日帰りが遅い。
今日は王妃様に呼ばれて、王宮に来ている。たまにお茶しましょうとお誘いを受けて来るのだが、ぜんっぜん慣れない。毎回緊張しすぎて胃が痛い。
「ルシアン様、ようこそおいでくださいました」
「こんにちは、ミラ様」
王妃様の侍女であるミラ様が優雅に微笑まれた。どの方も気品があって驚いてしまう。
「今日は庭園なのですね」
「はい、ルシアン様は自然がお好きだと小耳に挟まれたそうで」
「そうでしたか」
「しばし、お待ちくださいませ」
「はい」
周りが花に囲まれたガゼボで待っていると、ガザガサと物音がした。なんだろう? 何かいる? 目を凝らしていると茂みから小さな女の子が出てきた。
「いたた……」
水色のワンピースには草やら枝がついて泥だらけだし、頭にも葉っぱがついている。あれ、あの目の色?
「あなた、だぁれ?」
ピョコンと跳ねるように僕の前に近づいてきた彼女がその愛らしいお顔を傾けた。
「僕はルシアンと申します」
「ルシアン……? 知っているわ! フェリクス兄様と結婚された方だわ」
「フェリクス兄様?」
あれ? このお方はもしかして?
「エミリア様ー?」
「あっ、見つかっちゃう。かくれんぼしてるの」
そう言ってテーブルの下に潜り込んだ。うそ、どうしよう。エミリア王女様だ!!
「ルシアンも一緒に遊びましょう?」
机の下から僕を見上げて楽しそうに誘ってくださった。
「僕も?」
「うん、そうよ」
王妃様がいらっしゃる間までならいいか。
「構いませんよ」
机の下から出てきた彼女が「やった」と言って飛び跳ねた。仕草がいちいち可愛らしい。
「それにしても、派手に汚してしまいましたね」
「へへへ、いつも汚しちゃうの。大人しくしているの大嫌いだから」
「そうですよね、分かります」
「分かる? お淑やかにって先生に言われるんだけど、全然できなくて」
「今はそのままでもいいのではないでしょうか? もちろん先生の教えはきちんと覚えたほうがいいと思いますけれど。体を動かす事は大事だと思いますしね」
「そうかしら」
「かけっこはお好きですか?」
「大好きよ?」
「では、勝負しましょう。僕が追いかけますので、捕まったら負けですよ」
「いいわ。負けないわよ」
「いきますよー?」
「きゃあ、待って」
駆け出したエミリア様を追いかけ始めた。なかなかに足が速い。
「待てー!」
「きゃはは、やーだよー」
「よーし、つかまえた!」
「じゃあ、次は私ね! 早く逃げて!」
「分かりました! 捕まりませんよー?」
「絶対に捕まえてやるんだから!」
何度か交代して走り回っていると流石に疲れてきた。
「エミリア様……休憩……」
「もう! エミリアは全然疲れてないのに」
「年の差……」
ぐったりしていると王妃様が顔を覗かせた。
「あら、エミリア?」
「母上!」
「まぁ、随分と派手に汚してしまったわね?」
「あ……あの……」
俯きながら服を握りしめる彼女を見て咄嗟に言葉が出た。
「申し訳ございません。僕が追いかけっこをしようと提案致しまして、それで……途中でバランスを崩されて汚れてしまったのです」
「そうなの?」
「そうですよね? エミリア様」
エミリア様に目で頷いてと訴えると控えめに「う……うん」と仰られた。
「そう」
「あぁ、エミリア様、こちらにいらしたのですね」
先ほどエミリア様を探していた方が息を切らしながらやってきた。
「着替えてきなさい。イネス、お願いね?」
「かしこまりました。参りましょう、エミリア様」
「はい……」
「エミリア様、よろしければまた遊んで下さいませ」
「うん! またね!」
服のことを指摘されてしょんぼりされていたけど、最後は笑顔を見せてくれてよかった。
「ルシアン、お待たせしてごめんなさいね」
「いえ」
豪華なアフタヌーンティーセットが用意されて、心のなかで大興奮する。
「エミリアのことだけど」
「はい」
「嘘でしょう?」
「いえ、本当に」
「どうせ生垣の間を通り抜けたりしていたのでしょう」
す……するどい。さすがです、王妃様。
「とってもお転婆だから、あの子」
「子供らしくていいと思います。王族としては良いのか分かりませんが……」
「ほほほ、いいのよ。皆、幼い頃はあんな感じだったから」
「そうなんですか」
「私があんな風に走り回ったりできなかったからなのか、子供たちには伸びやかに過ごしてほしいと思ってしまうの。もちろん教育は受けさせないといけないけれど」
「素敵だと思います」
「また、遊んでやってちょうだいね。遅くに生まれた子だから遊び相手がいなくて」
「僕で良けれは是非。体力はあまりないのですが……」
「ありがとう。さぁ、どんどん召し上がってちょうだい。ルシアンが美味しそうに食べる姿を見たいわ」
……フェリクス様と同じようなことを仰られているような。有り難く頂戴しよう。
「いただきます」
微笑む王妃様に見守られながら、一口また一口と胃袋の中に収めていった。残してしまってはもったいないからね。
「ご馳走さまでした」
「そうだ、フェリクスのところへ寄って帰ったらどうかしら? きっと喜ぶわ」
「宜しいのでしょうか?」
「少しくらい平気よ」
「それじゃあ、是非」
「案内させるわ」
しばらくすると、案内役の男性がやってきた。彼に連れられてフェリクス様の執務室へお邪魔する事になった。
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