北の辺境伯領へ

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北の辺境伯領へ

 この国には転移門と呼ばれる大きなゲートがある。遠く離れた地に行く為のゲートで、限られた地域にだけこのゲートが設置されていて、今回訪れる辺境伯領へはここを通っていくことになっている。 「すごい! 初めて来ました」  ずらりと並んだゲートからはたくさん人が行き来している。チケットに記載されたゲートナンバーを確認しながら人混みを縫うように歩いていく。 「わぁ、たくさん並んでますね」 「あそこは観光地として栄えているからな」 「なるほどー」  たどり着いたゲートの前には沢山の人で溢れていて、手を繋いでいないと逸れてしまいそうだ。チケットを手渡してゲートの列に並んだ。番号を間違えると全く別の場所に行ってしまう上から要注意だ。まぁ、係の人がチェックしてくれているから大丈夫だけど。 「ルシアン、もうすぐだぞ」 「はい!」  初めてこの地以外の場所へ行く。楽しみだ。ゲートをくぐり抜けると厚着をした人たちがたくさんいた。先ほどとは違う場所だと実感させられる。 「ルシアン、これを」  毛皮のコートを着せられて、耳あてと帽子も装着させられた。 「可愛いな……」 「……」  穴が開くんじゃないかと思うくらい全身を見られて、ようやく満足したのか手を繋がれて歩き始めた。 「見すぎです」 「新鮮だったから」 「そうですか」  外に出ると肌をさすような冷気に包まれてブルリと震えた。こんなにも寒さを感じるのは初めだ。息を吐くと白くなった。 「わっ、白い息が出ました! 見て、フェリクス様!!」  はぁーっと息を吐いてみせるとまた嬉しそうな顔をした。 「本当だ。可愛い」 「その感想はおかしいです」 「白い息を嬉しそうに吐いてみせるルシアンが可愛い」 「もうっ」 「たくさん初めてのルシアンが見られそうで楽しみだ」 「僕より景色とか食べ物を楽しみにしてくださいよ」 「ん?」  分からないみたいな顔をされて、こっちが分からないよと思うしかない。気を取り直して尋ねた。 「最初に辺境伯様のところへ行くんですよね?」 「うん。とっとと終わらせて失礼しよう」 「ダメです。ちゃんとお礼言いたいんで」 「ルシアンの苦手な格式張った挨拶をしなければならないかもしれないぞ?」 「それは……頑張りますよ」 「ふーん?」  そんな格式張った感じなのかな? ちゃんと挨拶はするけど、たくさん人がいたらどうしよう……。 「困ったら助けてくださいね?」 「どうしようかな」 「フェリクス様は慣れてるでしょ? 場数が違うんだから」 「どうだかな」 「いじわるしないで下さいよー」 「冗談だよ」 「頼りにしてますからね?」  暫くすると、要塞のような石造りの建物が見えてきた。 「何だか強そうな建物ですね」 「ここは隣国との国境があるからな。今は和平を結んでいるが、昔は領地を巡って争ったと聞く。その名残だろう」 「なるほど」  そびえ立つ門の両脇にいるうちの1人に要件を伝えると、中から筋骨隆々の男性が姿を現した。 「ようこそおいでくださいました。(あるじ)がお待ちです」  目の前に立ったその人は驚くほどに大きい。上背もさることながら鍛えられているのがひと目で分かるような体躯をしている。思わず見入っていると、グイッと手を引っ張られた。横を見ると若干不機嫌そうな顔をするフェリクス様と目が合って、気をつけようと反省した。  屋敷の中へ入るとズラリと人が並んでいて、一斉に頭を下げられた。驚いていると、一番奥にいた男性がこちらに向かってきた。案内をしてくれた彼よりも大きくて貫禄がある。きっとこの方が辺境伯様だ。 「ようこそ。フェリクス殿、ルシアン殿。リシャール・ド・ローゼンにございます」  少し怖いと思ったけれど、笑った顔はとても優しい。それにしても、服を着ていても盛り上がった筋肉が見て取れる。どうやったらこんなにも大きくなれるのだろう。 「フェリクスだ。急な申し出にも関わらず謁見の許可を頂き感謝する」  ハッとして、慌てて挨拶をする。 「ルシアンでございます。お招き頂きありがとうございます」   「噂には聞いておりましたが、実に美しい」 「いえ……」 「惜しいことをしました。もう少しで我妻として迎えいれることができたものを」 「その節は、ご尽力賜りありがとうございました」 「今からでもいかがです? 私の妻となる気はございませんか?」 「え……あの」 「堂々と口説くのはやめていただきたい」 「これは失礼。あまりにも魅力に溢れておられる方でしたので」 「ルシアンは私の妻だ。渡すつもりなどさらさらない」 「この先どうなるかなど誰にも分からない。でしょう、ルシアン殿?」 「申し訳ございませんが、僕の夫はこの先もずっとフェリクス様だけでございます」  これ以上黙っていたらフェリクス様がブチ切れそうなくらい怒っているオーラを醸し出していたからフォローを入れてみた。少しおさまったかな? 「これは申し訳ございません。冗談が過ぎました。お二人の仲を邪魔するつもりなどございませんので、ご安心を」 「当たり前だ」  二人のやり取りを見ていて、どっと疲れてしまった。フェリクス様を煽るようなことはやめてほしい……。 「昼食の用意をしておりますので、是非お召し上がり下さいませ」  はぁ、お腹すいたなーと思ってチラリと伺う。お腹すいたオーラが伝わったのか、仕方なさそうにため息をついた。 「では、お言葉に甘えて」  よかった。ここで断ったら角が立ちそうだもの。敵は作らない方がいいもんね。 「リアム、お二人をご案内してくれ」 「かしこまりました」
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