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先ほど案内をしてくれたリアムさんに連れられて場所を移動した。寒々しい印象の外壁とは打って変わって、屋内は暖かみのある木の装飾品でまとめられていて、とても好感がもてた。大きな扉の前に立ち、中へと通された。
「すぐに用意致しますので、暫しお待ち下さいませ」
「ありがとうございます」
リアムさんがいなくなり二人きりになると、ぎゅっと抱きしめられた。
「だから嫌だったんだ」
「もう怒らないでくださいよ。あんなの社交辞令に決まっているじゃないですか」
「本気で言っているのか?」
「本気ですけど?」
「はぁ、何も分かってない」
「何がです?」
「鈍すぎる」
「リシャール閣下は本気だと?」
「あの目は本気だった」
「そうですかね?」
「俺から離れるんじゃないぞ?」
「分かってます。それにしても広い部屋ですね。3人だけなのでしょうか?」
「他にも呼んでいるかもしれないな」
「はぁ、それは憂鬱だな。これからはきっとこういう場が増えるかもしれませんし、慣れないといけないというのは分かっているのですが」
「無理をすることはない」
「そんなことを言ってまた甘やかすんだから」
扉をノックする音が聞こえて返事をすると、続々と料理が運ばれてきて、あっという間にテーブルの上がいっぱいになった。
「おまたせ致しました」
やってきたリシャール閣下の他には誰もおらず、ホッと胸を撫で下ろす。
「さぁ、温かいうちに、お召し上がりください」
「いただきます」
「私はどうもコース料理などの堅苦しいものが苦手でして。好きなものを好きなだけ取って食べるというシステムですので、あまり慣れないかもしれませんが」
「良いシステムですね! 選ぶ楽しみがあってワクワクします」
「そう言って頂けてよかった」
たくさん取っちゃいそうだけど、それはお行儀が悪いよな。控えめに……控えめに……。と思っていたのにたくさん盛り付けてしまった。そして、夢中で食べていると「意外とよく食べるのですね」と目を丸くされた。バレてしまったからと開き直ってたらふく食べて、美味しかったものはちゃっかりレシピまで教えてもらった。
「ごちそう様でした。とても美味しかったです」
「そんなに細いのにどうなっているのです?」
「お腹はパンパンですよ」
膨らんだお腹を見せようとしたらフェリクス様に全力で止められた。
「このあとはどちらへ?」
「街を散策しようかと。お腹を減らさないといけないので」
「ははは、美しい街並みをぜひ楽しんで頂きたい。湖とそこに隣接している公園も美しいのでおすすめですよ」
「そうなのですか。行ってみたいですね」
「そうだな」
「見どころがたくさんあって迷ってしまいます」
「いつでもお越しください。ルシアン様なら大歓迎です。お一人でも。その際は私がご案内致しますよ」
「生憎、ルシアンが一人で来ることはありえませんので」
「おや、1人になりたいときもあるでしょうに」
「ないよな? ルシアン」
もう、また始まったよ。
「ございませんね」
「喧嘩なさった時とか?」
「喧嘩などしない」
「ほぉ、そうですか」
たしかに喧嘩した事ないな。フェリクス様は僕が嫌がるような事はしないし、いつだって僕を優先してくれるし、受け入れてくれる。改めてありがたい事だと思う。
「だからより輝いて見えるのかな」
「なんだ?」
「いえ。私も早く伴侶を見つけたいものです」
「貴殿なら引く手数多であろうに」
「まぁ、そうなのですがね。ルシアン殿以上の方がなかなかおられませんので」
「そんな事はないでしょう? 買いかぶりすぎですよ」
「いやいや、貴方は初めて娶りたいと思った方ですからね」
まっすぐに僕を見つめるその瞳に少したじろいだ。
「でも、お会いした事はなかったでしょう?」
「今だから白状しますが、話を受ける前に貴方を見に行ったことがあるのですよ」
「そうなのですか?」
「えぇ。暗いオーラを持っている方なのかと思っていましたが、全然違っていて驚きました」
「うーん、そんなに明るい人間ではないのですが……」
「なんというか、飾り気のない純粋な雰囲気が良いなと思ったんですよ」
「そうでしたか」
「逃した魚は大きかったのです」
「だから、口説くなと言っているだろうが」
フェリクス様がイライラしながら告げた。
「押せばチャンスがあるかもしれないと思ったのですがね」
「貴殿の入り込む隙間は1ミリもない」
「まぁ、そうでしょうね」
本気で言ってるのか? フェリクス様の反応を見て楽しんでいるようにも見えるけど。
「ルシアン、もう食べただろう?」
「はい、ご馳走さまでした」
「行くぞ。隙あらば口説こうとするからな」
「ははは、余裕のない男は嫌われますぞ?」
「余計なお世話だ」
「では、お見送りを」
「ここでいい」
「そういうわけには参りません。大切な客人ですから」
そう言ってにこやかに立ち上がるリシャール閣下とともに部屋を出た。
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