南の地へ

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南の地へ

 結局2日目は部屋でのんびりと過ごし、約束通り一緒に入浴した。フェリクス様が我慢なんてできるはずもなく、そこで抱かれた。反響する音がいやらしくて興奮してしまったのは内緒だ。  最後の日は、湖を見たりもう少し北へと足を運び初めて雪を見るという経験をしたりして、この地の旅を終え、夕方ごろに次の目的地へと移動した。 「うわっ、暑いね」 「そうだな」  先程までいた場所とは打って変わって、この地は暑い。褐色肌の人が多くて、やはり雰囲気が違うなと感じさせられた。着ていた上着は速攻脱いだ。それでもまだ厚着状態で汗ばんでくる。 「着替えてから、友人の屋敷へ挨拶しに行こうと思っているのだが、いいか?」 「大丈夫です。どんな方なんだろう」 「いい奴なのだが少々喧しい」 「そうですか」  一刻も早く着替えたい。今回は転移して、今日からお世話になる屋敷に到着した。着替えを済ませて、フェリクス様の友人宅へと足を運んだ。 「見慣れない樹木がありますね」 「これはヤシの木と言うんだよ。南の地にしかない樹木だな」 「なるほど。勉強になります」  ヤシの木が植えられた歩道を歩いていると、あちこちで酒瓶を片手に陽気に歌い踊っている人達が目に入った。 「楽しそうですね」 「でも、絡まれると厄介だから注意したほうがいい」 「わかりました」 「ここだよ」  大きな邸宅の前に到着した。ベルを鳴らすと、中から短髪の男の人が出てきた。 「フェリクス! 待っていたぞ」  駆け寄った彼がフェリクス様に抱きついて、背中をバンバン叩いた。 「ジェラール。相変わらずだな、お前は」  「ははは。君が奥方?」 「ルシアンと申します」 「顔はきれいだけど、色気がないな」  僕を見てズバッと言い放った。色気がない。仰るとおりです。 「分かってないな。ルシアンの魅力は俺が分かっていればいいんだが」 「ふーん? まぁ、中に入ってくれ」  中央を流れる水路を取り囲むように建てられている建物。変わった形をしている。風が通り抜けてとても心地よいななんて思いながら歩いていると、扉の前で立ち止まり中へ入った。中はひんやりとしていて汗がすっと引いていった。  通された部屋の中にはフェリクス様と同じくらいの年齢だと思われる男女が談笑していた。 「どうしたんだ?」 「フェリクスが来ると聞いて集まったんだよ。王都にいるやつとはすぐに会えるだろうが、このあたりの奴らとはなかなか会えないだろう?」 「あぁ、久しぶりだ」  こちらに気づいた方たちがやってきて、あっという間に囲まれた。挨拶を交わすとそのまま皆と話し始めた。それにしても……男女問わず皆色気があって美しい。こんな方たちに囲まれて過ごしていたのか。その中でも抜群のプロポーションと美貌を兼ね備えた女性がフェリクス様と親しげに話しだした。フェリクス様ってご友人たちの前ではこんな風に笑うんだ。無邪気というか、僕には見せない顔だ。胸がチクリと痛んで居たたまれなくなった。今日は飲もうと盛り上がっていてさらに帰りたくなってしまった。 「俺達は帰ろうか?」 「いえ、フェリクス様は残ってください。せっかく皆さんにお会いできたんだし、楽しんできてください。1人で帰れますから」   「しかし……」 「ね? 僕は先に失礼します」  えー、帰っちゃうの?と言って下さったが、僕がいない方がいいというのは明白で、すぐに皆話に戻り始めていた。 「変化して帰るんだぞ?」 「分かってます。それじゃ」  踵を返して輪の中から抜け出した。部屋を出ると、出くわしたメイドの方が門のところまで送ってくれた。「ありがとうございました」と礼を言って外へ出た。絡みつくような暑さが体を包む。何か美味しいそうなものでも買って帰ろうかな。  あんな風に楽しげに笑うフェリクス様を見て嫌な気持ちになってしまった僕はなんて器が小さいのだろう。狭い世界の中でしかフェリクス様を知らなくて、全部僕のもののような気になっていたけれど、実際は違うんだ。本当に学生時代、何もなかったのかな。あんなにも魅力ある人達が周りにいたら、いいなと思うことだってあったかもしれない。何だか落ち込んでしまう。
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