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「お兄さん、お兄さんってば」
振り返ると5人の男の人が僕を見て卑猥な笑みを浮かべていた。
「ひとり?」
「いえ、待ち合わせしてるんで」
嫌な予感がして咄嗟に嘘をついた。
「じゃあさ、その子も一緒に遊ぼうよ」
「遠慮します」
「遠慮しますだってー」
「そんな事言わないでさー。ね?」
冷や汗が背中を伝った。久しぶりに感じる嫌な視線。ドクドクと心臓が鳴り始めた。
「急いでるので」
そう言って足を動かし走り出した。後ろから「おい、待てよ」という声が聞こえた。何処か、隠れるところ。曲がり角を曲がって、さらに曲がったところで立ち止まると男達はそのまま真っすぐ走っていった。呼吸が苦しい。
――ルシアン、お前は本当に美しい。
――すぐによくなるから黙って足を開けばいいんだよ
――美しい君をずっと見てきたのは僕だ
やめて、やめて……見ないで……僕を見ないで……
嫌な記憶が流れ込んできて息が詰まった。僕の顔を見て勝手に好きになられて襲われかけて……変化……変化しなきゃ……見つからないように、隠さなければ……
「みーつけた」
「あ……」
ダメだ、逃げられない。呼吸がままならなくて動けない。
「ここでやっちゃう?」
「いいんじゃない? これ飲ませたら?」
「いいねー」
男が何かを取り出した。怖い……それは何? 何を飲まされるんだろう。このあとに待っているであろうことを想像して絶望するしかない。ジリジリと詰め寄る男達から距離を取ろうと後ろに下がろうとするけれど、うまくいかずにバランスを崩した。嫌な気持ちになんてなってしまったから、こんな事になってしまったのだ。しゃがみこんだ男が僕の腕を掴んだ時だった。
「その薄汚い手を離せ」
怒りを滲ませたフェリクス様の声が響き渡った。
「誰? あぁ、待ち合わせの?」
「離せと言ったのが聞こえなかったのか?」
そう言うと男の1人を軽々となぎ倒した。1人また1人とフェリクス様の前に倒れ込んでいく。
「なんだ、お前は?」
怯む男の顔面に蹴りを食らわせて、一瞬で叩きのめした。
「ルシアン、怪我はないか?」
頷くと優しく抱きしめられた。優しい抱擁に自然と涙が零れ落ちた。
「すぐに追いかけたのに、まだ戻っていないと聞いて慌てたよ」
「どうして……ここが?」
「いや、あの……その……」
何故か物凄く狼狽えた声を出した。
「何?」
「怒らないか?」
「怒らないから言って」
「居場所が分かるものを仕込んでて」
「……は?」
思わず体を離して彼を見た。物凄く目が泳いでいる。
「どこにいるかすぐに分かる」
「何に……?」
「一番最初に贈ったネックレス」
えーっと……そんな前から……?
「最初から付けていたわけではないぞ? 結婚してからその……こっそり……」
「つけたんですね?」
「そうだ」
開き直ってきっぱりと言い切る彼に唖然とするしかない。ネックレスを外して見たけれど変わったところは何もない。
「でも、おかげでこうして助けてもらえたからいいです」
「これからもつけてくれるか?」
「つけますよ。つけないと落ち着かないし」
そう言ってまた取り付けると、心底ホッとした顔をした。
「こいつらは警備隊に引き渡すとして」
「そういえば、何かを飲まされそうになりました」
表情を変えたフェリクス様が男達を調べ始めた。気絶している彼らは全く動かない。
「これか?」
男の近くに転がっていた小瓶を取り見せられた。
「はい、それです」
「余罪がありそうなやつらだな。この事も伝える事にしよう。立てるか?」
「それが……腰が抜けてしまって」
「少し待っていられるか? 警備隊を呼んでくる。こいつらには拘束魔法を使っておくから動く事はないと思う」
「大丈夫です」
「すぐに戻る」
立ち上がり颯爽と走り去るフェリクス様の後ろ姿を眺めながら本当にかっこいい人だと思った。暫くすると、フェリクス様が警備隊を引き連れて戻ってきた。状況を説明してくれていたのか、素早く男達を捕らえて薬を確認していた。
「飲まされてはないのですね?」
「はい。寸前のところで助けられたので」
「よかった。前々から捜査していた薬かもしれません。この辺りで横行していて、いろいろと事件が起こっていたんです」
「そうだったんですね」
「なかなか尻尾を掴むことができなかったので、大きく進展できそうです。ご協力感謝します」
「いや……僕は何も……」
ただ襲われかけて腰を抜かしていただけだ。
「すべて夫のフェリクス様のおかげです。お礼なら彼に」
「もちろん、フェリクス閣下には申し上げておりますので」
にこやかにそう言う彼に「そうですか」と応じた。少しだけ状況の説明をした後に解放され、彼に支えられながら屋敷に戻った。
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