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「本当に何もされていないか?」
「何もされてない」
「どうして変化していなかった?」
「ごめんなさい」
「責めているわけじゃないんだ。いつも気をつけているのになぜなのか気になっただけで」
「考え事をしていて、そのまま歩いてしまったから」
「考え事?」
「はい……。本当にごめんなさい」
目を伏せるとそれ以上何も言われなかった。
「あの、ご友人方はよかったのでしょうか?」
「ルシアンとともにこの地に来たんだ。君が隣にいないと意味がないからな」
嬉しいと思ってしまう僕はやっぱり器の小さい嫌な人間だ。そっと近づいて彼に抱き着いた。
「どうした?」
「嬉しかったんです。僕のところに来てくれて」
「当然だろう?」
「本当は嫌だったんです。僕のフェリクス様なのに取られてしまいそうで。でも、そんな事思っちゃいけないと思って残って下さいと言いました。嫌な人間でしょう?」
「どこがだ? 俺はいつもそんな事を思っているが」
「え?」
「ルシアンを誰にも渡したくないし、俺以外の人間と関わってほしくないと思ってるぞ?」
そう言われてみれば、フェリクス様は先生のところへ行くことを嫌がったりしている。そうか、こういう気持ちだったんだ。
「それだけ俺のことを想ってくれているということだろう? 嬉しいがな」
「なんだ、そうか。そうかもしれませんね。僕はフェリクス様を独り占めしたい」
「俺はルシアンだけのものだよ」
僕がいつも言っている言葉をくれた。こんなにも嬉しいとは思いもしなかった。
「あと、気になったんですが……」
「なんだ?」
「あの女性とは何もなかったんですか?」
「あの女性とは?」
「親しげに話していた……きれいな黒い髪を1つに結っていた」
「あぁ、ありえないな」
「本当に?」
「彼女はずっと一途に想っている男がいるよ。彼女にはいろいろ話していたから、一番喜んでくれていたな」
「そうなんですか? 他の人とも何もない?」
「前にも言ったが、俺はずっとルシアンしか見えてない」
「はぁ、あんなに魅力的な人達が周りにいたと思ったら気が気じゃなくて」
「ルシアン」
「はい?」
「俺が愛してるのは過去も今も未来も、ずっとルシアンだけだよ」
心のなかで燻っていたモヤモヤが一瞬で晴れ渡るような言葉。どうしてこんなにも僕のことを愛してくれるんだろう? 魅力なんて全然ないのに。
「どうしてそんなに?」
「見た目も中身も全てが俺を惹きつけるから」
「僕、そんなに魅力ないのに」
「そんな事ないと言ったところで、ルシアンは納得しないだろうな」
「うーん」
「ルシアンは俺のどこが好きなんだ?」
「え!?」
物凄く期待に満ちた目で見つめられてたじろいでしまう。
「えっと、全部」
「具体的には?」
そんな事恥ずかしくて言えない。全部と言う事も恥ずかしかったのに。
「聞かせてほしいな」
笑っているのに目が必死で怖い。
「かっこいい」
「それと?」
「優しい」
「それで?」
「僕の事を一番に考えてくれるとことかいつも助けてくれるとことか……」
頷きながらフェリクス様の表情がどんどん緩んでいく。こういう可愛いところも好きだけど、なんて言えばいいんだろう。
「うーん、可愛いところ?」
「可愛い?」
「僕が褒めたりするとすごく嬉しそうにするでしょう?」
「嬉しいからな」
「感情が素直に出ちゃうところ、可愛いと思いますよ」
「まさか可愛いと言われるとは思わなかった」
「ふふふ」
「ルシアン」
「なんですか?」
ゆっくりと顔が近づいて目を閉じた。彼の唇が僕の唇に触れて、その柔らかい感触を楽しむように何度も軽くキスを交わす。そのうちに彼の舌が侵入してきて絡め合いながら背中に手を回した。
「愛してる」
チュッチュと僕の首筋に唇を当てながら彼が囁いた。
「僕も愛してる」
見つめ合ってもう一度キスをしようとしたところで、僕のお腹が盛大になった。
「……お腹すいた」
「ルシアン、この流れで?」
「ごめんなさい……」
「今からって時に」
「エヘヘ」
「エヘヘじゃない」
「何か食べたい」
「俺はルシアンを食べたいんだが」
「後でじゃダメ?」
「可愛い顔をしやがって」
はぁっとため息をつくフェリクス様に「後でいっぱい食べてもいいから」と自分なりに可愛く言うと「絶対だからな」とすごい圧で言われた。
「はい、絶対にです」
「仕方ない。何か用意させよう」
「わーい。フェリクス様だーいすき」
「ルシアンには一生勝てない気がする」
ウキウキする僕は、このあとに待ち受けている長い長い夜の事など、すっぽりと頭の中から抜け落ちていたのだった。
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