釣りへ

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「ここから歩いていくのか?」 「そうです。天気が良いから絶好のお散歩日和です」  家の近くにある山を目指して緩やかな坂道を登っていく。 「歩くのは久しぶりだな」 「歩かないんですか?」 「そんなに長くは歩かない」 「まぁ、そうですよね」  木々が生い茂る森の中に足を踏み入れて、少し歩くと川のせせらぎが聞こえてきた。 「もう少しです。頑張ってください!」 「……頑張ってる」 「よし、到着です。少し待っていてください。餌を取ってきますので」 「分かった」  石……石と。この下にありそうだ。ちょうどいい大きさの石をどけると小さな虫がたくさんついていた。 「あったあった! 餌!!」  持ってきた箱の中に虫を入れて、同じことを何度か繰り返し彼の元へと戻った。 「お待たせしました。いい感じに調達できましたよ」 「……なんだこれは?」 「餌です。これを針にぶっ刺して」  虫をつまみ上げて針に刺すと彼が「ひぃっ!?」という声を上げた。 「あれ、虫苦手です?」 「あまり見ることがないから……」 「あぁ、そうですよね。じゃあ、僕がやりますね」 「よく平気でいられるな」 「慣れですよ、慣れ。はいどうぞ」 「うっ……」 「竿を振って、針を落とします。えいっ」  放物線を描いた糸がポチャンという音を立てて、水の中に沈んでいった。 「これでしばらく待ちます」 「なるほど。やってみよう」  竿を振り上げた彼が目の前に敵がいるのではないかと思うほどに勢いよくそれを振り下ろした。投げた糸は勢いよく水面へ打ち付けられて沈んでいった。 「あれ、何か違うような?」  すごい素振り……。剣を振る癖みたいなものが出ちゃうんだろうか。   「まぁ、入ればいいんですよ」 「そんなもんかね」  小鳥のさえずりを聞きながらぼんやりと水面を見つめる。特に何を考えるでもなく、時折竿をチョンチョンと上下に動かしてみたりして過ごす。 「あっ、何か来てる気がする」  よく見ると竿がしなっている。 「本当だ! そのまま引っ張ってみてください」 「こっ……こうか?」  引っ張った糸が勢いよくこちら側にやってきた。よしよし、食いついてる。 「あっ……」  そう思ったのもつかの間しなりがなくなった。食付きが浅かったのか魚は逃げてしまったようだ。 「逃げられた」 「食付きが浅かったのかな? 大丈夫、次こそ釣り上げられますよ」 「そうかな……」  あからさまにしょんぼりする彼を励ましながら続けていると、また彼の竿にあたりが来た。 「よし、今度こそ逃さん」  ぐんっと竿を引っ張った勢いで魚が飛んできた。岩の上で元気に跳ねる魚を持ち上げて、素早く針から取ってやる。 「すごい、釣れた」 「なかなかいいサイズですよ! やりましたね」  水を張ったバケツの中に魚を入れてやると、彼は目を輝かせながらその中に見入っていた。 「僕も負けてられませんね。頑張るぞ」
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