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食事会〜帰宅後*
「ようこそ、おいで下さいました。フェリクス閣下、ルシアン殿」
伯爵と夫人に出迎えられて挨拶を交わした。客間に案内されて席につくと、今日はご家族だけと聞いていたのに黒髪の女性が座っていた。あの方はご友人だったような?
和やかに食事会は進んでいき、食事を終えた後は席を移動して各々が話し始めた。僕はというとまだデザートを堪能しているところだ。
「お隣よろしいですか?」
横を見ると例の女性がにこやかに立っていた。「どうぞ」と席を勧めると「ありがとうございます」と言って椅子に腰掛けた。
「美味しいですか?」
「はい、美味しいです」
「美味しそうに召し上がれるから、微笑ましくなってしまいました」
「食べることが好きなので」
「ふふ、私も好きです」
思っていたよりも柔らかい話し方をされる女性でちょっとだけ警戒心が薄れた。
「申し遅れました。私、ニナ・ド・テシエと申します。私がいること不思議に思われたでしょう?」
「えっと……」
「私ね、あの人の婚約者なんです」
視線を向けた先にジェラール様がいて、なるほどと納得する。
「ルシアン様とお話したくて、無理やり参加させて頂いたの」
「僕と?」
「えぇ。ご無事で何よりでした」
「ありがとうございます」
「初めてお会いした日、申し訳ない事をしたなと思っていて」
「申し訳ないこと?」
「知らない人たちに囲まれて、お困りになっていたのではないかと」
「いえ、そんな」
「配慮が足りず申し訳ございませんでした」
頭を下げる彼女に慌てて「顔を上げてください」と言った。なおも申し訳無さそうにするから「全然、謝って頂くことありませんので」と告げると少しだけ表情が和らいだ。
「フェリクス閣下がずっと想っていた方と結ばれたと聞いて、すごく嬉しくてお祝いを述べるのに夢中になってしまって」
「そうでしたか」
「とても運命的でドラマチックだわ」
彼女が目を輝かせながらそう言った。
「いえ、そんな事」
「羨ましい。あの人は私のことなんて眼中にないもの」
「えぇ!? 貴方みたいな素敵な方の事を?」
「まあ、嬉しい。親同士が決めた関係だから仕方ないのです」
フェリクス様が言っていたずっと一途に想っている方がいるというのは、ジェラール様のことだったのか。眼中にないと仰られていたけれど、それは杞憂だろうな。さっきからチラチラとこちらを伺う視線を感じるし。
「ジェラール様に気持ちを伝えたことは?」
「ありません。怖くて言えないのです」
「そうですか。一度素直にお話してみたら良いかもしれませんよ」
「えぇ!? そんな事……」
「貴方の事を放っておくなんて、そんな事できないですよ。きっと」
「頑張ってみようかしら……」
「いいと思います!」
「なんだか勇気が出ました。ありがとうございます。あっ、そうだ。こちら、どうぞ」
「これは?」
袋の中を覗いてみると甘い香りがした。
「甘いものがお好きだと伺ったので」
「わぁ、嬉しいです! ありがとうございます!」
「いえいえ。お口に合うと良いのですが」
「いい匂いがします。きっと好きなやつです」
そう言うと優しく微笑んでくれた。とてもいい人じゃないか。
「実をいうと……」
「何です?」
「フェリクス様のことを好きなのではないかと思っていたんです」
「まあ、ありえませんわ」
バッサリと否定されて、それはそれでちょっと複雑な気持ちになってしまった。
「はい、フェリクス様も否定しておられましたので」
「私は色々と相談に乗ってもらっていただけで。でも、お気をつけて?」
「何をですか?」
「フェリクス様を好きだった方は大勢いらっしゃいましたから」
「やっぱりそうですよね」
「まぁ、彼の目が光っているから大丈夫だと思いますが、注目されてますしね」
「……え?」
「難攻不落と言われていたフェリクス様を落としたお方ですからね」
「怖いんですけど」
「ごめんなさい、怖がらせてしまって」
「いえ」
注目されているって何? めちゃくちゃ嫌なんだけど。
「ルシアン、そろそろ帰ろうか」
「あら、ごめんなさい。お引き止めしちゃって」
「構わない」
「楽しかったです。これ、ありがとうございました」
「今度いらした時は、おすすめのお店にご案内しますわ」
「よろしくお願いします」
「すっかり打ち解けたのだな」
「ふふふ、そうですの」
見送ってくれた皆さんに挨拶をして、屋敷へと戻った。
「ルシアン、遅くなってしまったから転移しようか」
「そうですね。もう一度転移門を潜りたかったけど仕方がない」
荷物をまとめて、と言ってもほとんどフェリクス様が転移させてしまったから何もないけど――楽しかった旅に終止符を打った。
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