人攫い

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「ウォルケーナって国知ってる?」 「もちろん。隣国だよね?」 「そう。僕、そこから来たんだ」 「そうだったの?」 「行ったことある?」 「ない。この国から出たことないんだ」 「よかったら僕と一緒に行かない? 案内してあげるよ」 「行きたいんだけど……無理かな」 「どうして?」 「1人ではまず行かせてもらえないし」 「ご両親が厳しいとか?」 「ううん、夫」 「夫!? 結婚してるの!?」  今まで控えめな声で話していた彼が大きな声を出した。慌てて口元に人差し指を持っていき「シーッ」と言うと「ごめん」と言って口を噤んだ。扉の方を窺ったけれど、特に動きはなくフーっと息を吐いた。 「本当に結婚してるの?」  彼がまた確かめるようにそう言った。 「うん、そうだよ?」 「えー、うそ。いいなと思ったのに」 「何が?」 「君のこともっと知りたいって思ったのに」 「ん?」 「そっか。うーん、残念。でも友達ならいいよね?」  無邪気な笑顔でそう言われて「友達?」と問い返した。 「そう、友達」  友達……。まさかこんなところで友達ができるなんて思わなかった。すごく嬉しい。 「うん! 嬉しいな。僕、友達いないから」 「そうなの? 僕もいないな」  友達なら出かけたりしても怒られないかな? いや、微妙だな。でも、友達と出かけるとか憧れちゃう。 「もう1個もらってもいい?」 「うん、食べて」 「ありがとう。美味しいよね、これ」 「ここから出られたら売ってるお店紹介するよ」 「それは楽しみだ」  ふたりで食べていると外が騒がしくなった。顔を見合わせて、ゴクリと生唾を飲み込んだ。どんどんと声が大きくなっていく。耳を澄ませると人のうめき声とともに、「どこだ?答えろ」と叫ぶフェリクス様の声が聞こえた。 「なんだろう?」 「来た!!」 「あぁ、王子様って結婚相手のことか」 「うん、そう」 「どんな人か気になるな」  バンッと扉が開いて、険しい顔をしたフェリクス様が姿を見せた。よく見ると服には血がついている。 「ルシアン!!」  脇目もふらずに僕の元へ駆け寄って力いっぱい抱きしめられた。 「ルシアン……?」 「あの……苦しい……」  体を離したフェリクス様が僕の体をチェックし始めた。 「怪我はないか?」 「うん、全然。フェリクス様こそ、血が……」 「俺のじゃないから大丈夫だ。一人で出歩くなと言っただろう」 「ごめんなさい」 「無事でよかった」  また抱きしめられそうになったところで、隣から「君、ルシアンなの?」という声が聞こえた。 「誰だ?」  僕を抱き寄せたフェリクス様が警戒心むき出しで彼を見つめた。 「友達になったんだよ。だから警戒しないで?」 「そうか、君が」 「どうかした?」 「いや、なんでもない」  そう言って彼はにっこり微笑んだ。 「ふたりとも立てるか?」 「大丈夫です」 「僕も大丈夫」 「君、どこかで会った事はなかったか?」  フェリクス様が彼をじっと見つめてそう問いかけた。 「いいえ、初めてお会いしますよ」  引っかかることがあるのか納得がいかないような感じで「そうか……」と呟いた。 「そうだ、名前を聞いてないよね?」  僕の問いかけを交わすように「あぁ、ごめんね。迎えが来たようだ」と彼は言った。 「えっ、そうなの?」 「行かなくちゃ。聴取はお任せしても?」 「あぁ、大丈夫だ」 「申し訳ございません。またね、ルシアン」 「えっ?」 「またすぐに会えるから」  にっこり笑った彼は軽やかな足取りで部屋を出ていった。 「会うって、どうやって?」 「随分と親しくなったんだな」 「でも、名前も知らないし。ウォルケーナから来たとしか」 「ウォルケーナ? ……いや、まさかな」 「どうかした?」 「なんでもない。ここにいた奴らを引き渡さないといけない。少し前にも同じような事をした気がするが……」 「そ……そうだね」 「怖かっただろう?」 「フェリクス様が来てくれると思っていたから、そこまで怖くなかった。やっぱり来てくれたし」  今度は僕から抱きついた。 「ありがとう。心配かけてごめんね。アンナさんの事は叱らないでね」 「分かっている。ルシアンが行くと言って聞かなかったんだろう?」 「そうです」 「皆、心配してる。終わったら一緒に帰ろう」 「うん」  そっと顔を近づけて触れるような口づけを交わした。
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