晩餐会

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晩餐会

 黒の燕尾服に身を包み、髪の毛をセットしてふぅっと一息ついていると扉をノックする音が聞こえた。 「はい」 「お迎えに上がりました」  いよいよだ。緊張でガチガチな僕とは打って変わってフェリクス様は流石に落ち着いている。粗相しないようにしなければ。迎えに来たという男性について歩いていく。あああ、胃が痛い。もう嫌だ、帰りたい。まだたどり着いてもいないのにそんな事ばかり考えていると「こちらでございます」と言って広間へ通された。  長いテーブルと椅子が3列配置されていて、参加人数が多いことを物語っていた。大半は埋まっていて、既に着席している方々から、品定めするような視線を投げつけられて帰りたさは加速していくばかりだ。どれくらいで終わるんだろう。席を立っても大丈夫なんだろうか。窓からは噴水が見えて、その向こうに広がる庭園が美しくて気になった。着席するとすぐに両陛下の入場を告げる声が響き渡り立ち上がって出迎えた。思っていたよりも若々しい両陛下とシリル殿下、そして弟君と妹君が入場され、そのまま乾杯となった。 「アルコールが入っているから口をつけるだけにするんだぞ」 「うん、わかってる」  陛下の挨拶の後、乾杯となりグラスを掲げて口をつけた。ふわりと香るアルコールの香りだけでクラクラとしてくる。  順番に謁見することになっていて、呼ばれた僕たちは陛下の前へと移動した。 「ようこそ。今日は会えて嬉しいよ」 「ご無沙汰しております」 「君がルシアン殿だね?」 「はい、ルシアンと申します」 「噂は耳にしているよ。いや、何とも美しい」 「もったいなきお言葉を賜りありがたく存じます」 「うちに来て欲しかった。なぁ、シリル」 「左様でございますね。本当に惜しい」 「最愛の妻をお褒め頂きありがとうございます」 「今日は気楽に楽しんで行ってくれたまえ」 「ありがとうございます」  頭を下げて無事に謁見を済ませ、運ばれてきた料理に舌鼓を打った。それにしても、すごい人数だ。着慣れない服を着ているからか肩が凝ってくる。あちらこちらで挨拶合戦が繰り広げられているが、よそ者の僕たちは関係がなさそうだ。ポンッと肩を叩かれて振り返るとシリル殿下がにこやかに立っていた。 「ルシアン、疲れてない? 大丈夫?」 「えぇ、まぁ……」  本当は疲れているなどとは言えない。 「あぁ、そうだ。フェリクスくん、父がもう少し話をしたいから呼んで来いと言われてるんだ」 「私と?」 「うん。久しぶりに会ったし、君のご両親と兄上の事を聞きたいんじゃない?」  チラリとこちらに視線を投げかけたあと、ため息をついて「分かりました」と言い席を立った。 「いってらっしゃーい」  手を振るシリル殿下はそのままフェリクス様の席に座られた。 「やっとゆっくり話ができるね」 「あの……」 「すごいよね、独占欲というのかな?」 「そうですかね?」 「うん。自立できないんじゃない?」 「自立……ですか?」 「彼に守ってもらってるって感じがするから。前だって助けてもらう事が当たり前みたいになっていたでしょう?」 「それは……そうかもしれません」 「守りたいとか思わないの?」  そう言われて、確かに守られてばかりで、僕は何もできていないと気付かされた。 「そりゃ、僕だって……」 「そうだよね? 一度離れてみるというのはどうだろう?」 「離れる?」 「そう。留学しておいでよ、ここに」 「留学ですか?」 「うん。良質な魔法教育を受けることで手にする事ができる力もあるんじゃない?」 「力……」 「君は魔力があるのに生かせてない。伸びしろがあるのにもったいないんだよね」 「でも、先生がいるので」 「あぁ、叔父上ね」 「叔父上?」 「あれ、知らない? 君が師事してるシャルルは父の弟だよ」 「えぇ??」 「あの人自由人だから、ふらりといなくなって君の国に居着いちゃったみたいなんだよね」 「王弟……」  は……初耳なんですけど!? フェリクス様は当然知ってるよね? どうして教えてくれないんだ。混乱しているとシリル殿下がさらに話を続けた。 「そりゃあこの世界でも屈指の魔法使いであることに違いはないよ? でも、あの人忙しそうだし」 「知ってるんですか?」 「時々、弟の付き添いで行くことがあるからさ。あの日ね、叔父上もフェリクスくんも骨抜きにした君を見てみたくなって、旅をしていたんだ」 「そう……なのですか」 「僕も骨抜きにされちゃった」 「え?」 「ははは。まっ、考えてみてよ。今よりも強くなって、彼の隣に堂々と立てるようになりたいかなりたくないか。ね?」 「あの……」 「あー、もう戻ってくるよ」  顔を上げるとフェリクス様がこちらへ向かっているのが見えた。 「ルシアン」 「はい?」  すっと手を取られて、手の甲に口づけを落とされた。周りがざわつくのを感じる。 「それじゃ、またね」  席を立つシリア殿下を啞然と見送ることしかできなかった。入れ違いで戻ってきたフェリクス様には先程の様子は見えていなかったようでホッと胸を撫で下ろす。 「大丈夫だったか?」 「うん、大丈夫」  視線を感じてそちらを見るとヒソヒソと眉をひそめて話す人達が見えた。周りを見ると先ほどの様子を目撃したと思われる人にさっと目を逸らされた。  ――本当にあの男そっくり  義母の冷たい目と声が蘇って震えた。違う、僕は何もしていない。でも、僕の言い分は何も通らなくて、待っているのは制裁だけだ。 「ちょっとお手洗いに行ってきます」  気分が悪くて席を立った。ふとした瞬間に蘇るいつまでたっても消えない記憶に苛まれる。庭……さっき窓から見えた庭が見たい。
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