晩餐会

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 外へ出ると月明かりで思っていたよりも暗くなかった。噴水から上がる水しぶきが目に入った。月の光が反射してキラキラと輝く飛沫はとても美しい。吸い寄せれるように近寄って、ただ流れる水をぼんやりと眺めていると視界が揺れた。押されたと思った次の瞬間には噴水の中にいた。振り返ったけれど走り去る後ろ姿がかろうじて見えるだけで、誰かはわからなかった。 「殴られたり鞭で叩かれたりしないだけマシか」  びしょ濡れで座り込みなからポツリと呟いた。こりゃ戻れないな。立ち上がり噴水から出て、上着を脱ぎ絞ってみた。何度絞っても水が出てくる。シャツは体に纏わりつき、ズボンは重い。さすがにこれ以上服を脱げなくて、絞れるだけ絞って歩き出した。こんなにずぶ濡れで歩くのは初めてだ。あそこに戻れなくなった口実ができたからラッキーだと思う事にしよう。気持ちを奮い立たせていると、扉の近くで蹲る人影が見えた。どうしたんだろう? 具合が悪いのかもしれない。重い足を動かしてその人の元へ急いだ。 「大丈夫ですか? 具合が悪いのですか?」  顔をあげた女性の顔色は悪い。やはり気分が良くないようだ。 「私は大丈夫。あなたこそ大丈夫なの? 人の心配をしている場合ではないんじゃなくて?」 「ああ、まぁ……」 「どうしたの?」 「足を滑らせて噴水に落ちてしまって」 「そんな事あります?」 「いやぁ、それがあるんです。人を呼んできますね」 「いいの。いつものことだから少し休めば落ち着くわ」 「でも……」 「早く体を拭いたほうがいいわ。風邪を引いてしまう」 「すみません」 「早く行きなさい」  彼女はいいと言ったけれど、やはり心配で人を呼ぶためにその場を離れた。ちょうど通りかかった人に状況を説明して介助を依頼した。ついでに伝言を頼めるか聞いてみると快く応じてくれたからお願いした。よし、これで大丈夫。部屋に戻るため、歩き出した僕は当然すれ違う人からギョッとした顔をされた。ただ、この格好のおかげか参加者だと認識してもらえて特に何も言われなかった。風を操る魔法が使えたら一瞬で解決するのに。 「クシュン」  流石に寒くなってきた。朧気な自分の記憶を呼び覚まし、どうにか別棟へ繋がる廊下にたどり着いた。あと少し。それにしても寒い。震える体をどうにか動かしてようやく部屋に到着した。浴室へ直行して、張り付く服を脱いでバスタオルに包まりながら湯の準備を始めた。寒い……寒い。浴槽に湯がたまり始め、温かい蒸気に包まれてようやく震えがおさまってきた。その時勢いよく扉が開く音がした後に、「ルシアン、いるのか!?」というフェリクス様の大きな声が響いた。   「浴室でーす……」  大きな声が出なくてポツリとつぶやくと、やはり聞こえなかったのか、別の扉を開ける音が聞こえた。何度か開け閉めする音が聞こえた後に、ようやくここの扉が開いた。 「ルシアン!」  僕を見つけたフェリクス様が駆け寄ってきて、抱きしめてくれた。 「体が冷たい。髪も濡れて……何があった?」 「噴水の中に落ちちゃいました」 「落ちただと!?」 「暗くてバランスを崩してそのまま。心配かけてごめんなさい」 「怪我は?」 「ないです」 「よかった。とにかく温まれ」  頷いてバスタオルを取り、湯の中へ体を沈めた。じんわりと全身が暖かくなって熱を取り戻していく感覚がした。 「それにしても、本当にバランスを崩したのか? 俺が戻った時、少し様子がおかしかった気がするのだが」 「本当です。何をやっているんだって感じですよね」  誰かに押されたという事は黙っておく事にした。僕のことを突き落としたくなるくらい不快だと思ったのだろう。申し訳ない事をした。三角座りをして、膝の上に顔を乗せた。悲しいと思う感情を封じ込めようとぎゅっと目を閉じた。 「どうした?」 「いや……本当に情けないなと思いまして」 「ルシアン? 泣いているのか?」 「へへへ、情けなくて涙が出てきちゃいました。本当に情けない」 「ルシアン」 「ごめんなさい。もう暖まったから出ます。出ていってもらってもいいですか?」 「あぁ、すまない」  立ち上がったフェリクス様が出ていくのを確認してふうっと息を吐いた。大丈夫、大丈夫。どこの誰か分からないんだから、もう落とされたりしない。    湯から出て体を拭き、服を着て部屋を出た。ソファに座るフェリクス様に「今日はもう疲れたので寝ます。ごめんなさい」と告げて寝室へ行き、シーツに包まった。  本当は怖かった。周りの視線も落された瞬間も。でも、誰にも言えない。言えば迷惑がかかるかもしれない。昔の自分がしていたように自分の体を抱きしめながらゆっくりと瞼を閉じた。
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