Black Coffee

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「ただいまあ」  玄関から夫の声がして、あわてて立ち上がる。 「あら、早かったのね」 「今日は先方で商談だったんだが、思ったより早く話がまとまってね…」  そう言いながら、玄関に座り靴を脱ぐ。少し出っ張ったお腹が邪魔そうだ。 「早く帰れれば夕飯も早い時間に食える。確か、その方がいいんだろ?」 「ええ、そうよ」    答えながら、緩めたネクタイと背広を受け取り、ハンガーに掛ける。  最近しきりに気にしている、後退しかけたおでこの生え際を、暑さのためなのか、ハンカチでガシガシこすっていたが、リビングに入った途端夫の動きが止まる。 「ブラックコーヒー……」 あ、見つかっちゃった。 「君は、リモートワークの日は、こうやって俺に隠れて、ブラックコーヒーを飲んでいたのか」 「そうよ、これでも気を遣っているのよ」 「俺は医者に止められているのに……」 「仕方ないじゃない。あなたは病気なんだから」 「……あのさ、相談なんだけど、カフェインが入っていないやつなら、飲んでもいいんじゃない?」 「だーめ!逆流性食道炎は、カフェイン抜きでもだめだって、医者(せんせい)が説明してたでしょ」 「でも……」  まだ未練がましくブツブツと文句を言う夫。  憧れの先輩から、慣れ親しんだ家族になった夫の、少し高い位置にある腰を、後ろから軽くパシン!と叩いた。 「健康に気を付けて、お互い長生きしましょ。ね、先輩!」 「あいかわらず、君は真面目だな…」 夫はそれでもまだ、小さな声で抗議を続けるのだった。    《End》
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