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「コーヒーは断然ブラックだよ」
それが大学生の頃、つきあっていた彼氏の口癖だった。
地方から東京の大学に進学した私は、見るもの聞くもの珍しく、でも珍しそうにキョロキョロしていたら、いかにも田舎者に見えるのではないかと、内心びくびくしながら背伸びをしていた学生たちのうちの一人だ。
大学のキャンパスは、地元の高校なんかとは比べ物にならないくらい広い。様々な学部、学科があり、それぞれの専攻へ向学心を燃やす学生たち。
10年以上前にバブルがはじけていた私たちの青春時代は、勉強に励み、いい成績を残し、少しでもいい就職先を決めることに汲々としていた。
母の一番下の弟、つまり叔父にあたる人は
「俺たちの学生時代なんて、『今しかない!』ってな感じで、色々遊びまわったもんだったがなあ」
なんて言う。
コンパだ、サークルだ、飲み会だと、毎日遊びまわった挙句、叔父もその友人たちも、皆そこそこいい企業に就職していったそうだ。
うらやましい、と言えばうらやましいが、私たちは物心ついた時から叔父たちとは違う世界で生きてきたので、そんな時代に憧れるか?と言われればピンとこない、そんな世代だ。
そんな中でも、やっぱり若い日々を彩る何かはあるものだ。
例えば、私にとってそれは『恋』だった。
叔父たちの頃のようなサークルもなくはなかったが、私はそういった集まりには参加しない。
地方から出てきている私は、自宅から通っている人たちに比べると、下宿代など余計な負担を親にかけている。そんなに浮かれて遊んではいられない。
その代わり目当てのゼミに入れるよう、一年生のうちからそのゼミの先輩たちにコネをつけて色々情報やアドバイスをもらううちに、一人の先輩に恋心を抱くようになった。
その先輩は二歳年上の三年生。
面倒見がよく親切で、私や同じゼミを希望している友人たちの質問にも、いつも丁寧に答えてくれた。
言葉の端々からも頭の良さを感じられ、教授からの信頼も厚そうな先輩。
二十歳を超えているので、たまにタバコをくゆらせている姿を見ることもあったが、私たち未成年組が近くに来るのを見ると、何も言わず火を消してくれるのもスマートだ。
そのうえ見た目もまあまあ、いや、私の好み的にかなりストライクゾーンのど真ん中だったりする。
身長は170センチを少し超えたくらいで、さほど高くなかったものの、すらっと細身で腰の位置が高い。つまり足が長い。
和風の切れ長の目、すっきりと細い鼻筋、ニキビのない清潔感のある肌。
何もかもが私の理想と言ってもおかしくなかった。
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