Black Coffee

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 出会ってすぐに私は先輩への恋心を自覚した。  そして、自覚したからこそ、浮ついた態度で接してはいけないと、必死で自分を律したものだ。  友人たちの中には、私と同様先輩に好意をもつ人が何人かいた。  彼女たちは、先輩の前ではいつもより少し高めの声で、 「休日は何をされてるんですか?」とか 「好きな女性のタイプは?」とか 「彼女はいるんですか?」 などと質問したりした。  そういう時、私は彼女たちと同じようにはふるまえず、 「もう、何しに来てるの?先輩がせっかくゼミについて教えてくれてるのに」 なんて言ってしまう。  本当は彼女たち同様、好きなタイプや彼女の有無が気になって仕方がなかったのに。  友人たちは私のことを 「本当に真面目よね」 とからかった。  私だって、みんなと同じようにしてみたい。  先輩が来るときは、いつもよりおしゃれをして、ちょっと声を高めにして、可愛い女の子を演じたい。  友人たちに囲まれている先輩を見て、こっそり溜め息をついたものだった。  そんなある日「たまには気分を変えない?」という先輩の提案で、大学の近くの店に集まることになった。  といってもお酒なんかは出さない、カフェ…というよりは昔ながらの喫茶店みたいな店だ。  1時集合だったのに、少し遅れてしまった私は店まで走った。  息を切らせて店に飛び込むと、先輩が「やあ」と片手を挙げる。  ……他には誰もいなかった。  先輩が座っているのも、二人掛けの小さいテーブルだ。 「あの…他のみんなは……?」 質問する私に、先輩はこともなげに 「うん、もちろん来るよ。あと1時間したらだけど」 と笑顔で答える。 「え……?」 「まあ、座って座って」  着席を促され、戸惑いを隠せないまま先輩の向いの椅子に腰掛けた。 「あのう……」 「うん、他のみんなには2時集合って伝えたんだ」 「どうして…」 「君と、ゆっくり話をしてみたくて。…あ、何頼む?」 「じゃあ……カフェラテを…」  運ばれてきたカフェラテに、砂糖を入れてかき回す。 「ミルクたっぷりのカフェラテに、そのうえ砂糖も入れるのか」 「なんか、子供扱いしてます?」 少しむっとして答える。  先に来ていた先輩のカップには、ブラックコーヒーが入っていた。 「先輩こそ、ブラックなんてかっこつけちゃって」 「かっこつけたわけじゃないよ。ブラックの方が香りや苦み、酸味といったコーヒーの種類によって違う、それぞれ本来の味を楽しめるんだ。コーヒーは断然ブラックだよ」 「えー、そうですか?」 反抗して見せたものの、内心「先輩、大人。かっこいい」なんて考えてしまう。 「ところでさ、ゼミは今の希望のまま、中垣教授のゼミを選ぶつもりなんだろ?」 急にゼミの話を振られて、はっとなった。  そうか、私の勉強のことを心配して1時間早く呼び出したのか。  少し勘違いしそうになっていた自分を滑稽に思いつつ、先輩の質問に答える。 「はい。中垣教授のゼミの卒業生は、大手の商事会社に就職している人が多いと聞いていて。私も卒業後はゼミで勉強した経済の知識を生かして、そういう企業で働きたいんです」  先輩はしばし真面目な顔で私を見つめたあと、ふ…と笑顔になった。  柔らかい笑顔だった。
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