7人が本棚に入れています
本棚に追加
よく白黒はっきりつけろい、などと申します。
そりゃあまあ、全部が全部グレーじゃあ困りますやね。
物事にははっきりしなきゃいけねえことってのがあってそれでうまく回っている。
けどね、白黒つけられないことってのもありまして。
「おい、それは俺の石だろうが。お前が裏返すのは白石だろう」
「え? そうだよ? 俺が裏返すのは白だから、これを」
そう言って顔を見合わせた二人。今日旅籠で初めて会った東太と西吉という旅人でございます。
それぞれ東と西から首都を目指してやってきた二人でしたが、あいにくその日は旅籠も大繁盛。やむなく相部屋となった。
疲れもあって、今更他の宿を探すのも億劫と感じた二人。体を休められるだけでも儲けものか、と諦めて一つ部屋で一晩過ごすこととなったのでございます。
内心、見も知らない奴と一晩一緒なんて冗談じゃねえなどと思っていたのですが、これがね、ぽつり、ぽつりと郷里の話などしているうちに、どうにもウマガ合うことがわかった。
気が付いたら肩を組んで大笑いし合うほどの仲になっていたってんだから、驚きです。
しかし夜も更けて、さて寝ようか、となったとき、東太がちょいと面白いものがあると言って手荷物から取り出してきたもの。
それがいさかいの元になっちまった。
東太が取り出したのは、「おせろ」なるもの。囲碁のように、盤上で黒石と白石の数を競い合う玩具でした。
ざっくりと決まり事を西吉に伝え、西吉も面白そうだ、やろうやろうとなったまではいいが、勝負が始まったとたん、西吉が自分の手番の石とは違う石を置いて裏返そうとしたもんだから、東太も黙っちゃいられません。
「それは黒石だろうが。そいつを裏返すのは俺だろう」
白石を置き、黒石に手を伸ばしていた西吉、しかし西吉には東太がなんで怒ってるのか皆目わからねえ。鳩が豆鉄砲食らったような顔をして東太を見返します。
「なに言ってんだい! 白っていったらこれだろう。白豆の色だろう?」
言いながらやっぱり黒石に手を伸ばす。おいおい、と東太は西吉の手をぴしゃりと叩きます。
「だから! そっちは黒石だろうに! そもそも白豆ってなんだい? 節分に投げるあの豆のことかい?」
「えええ? あんたにゃあれが白に見えるのかい? あれは黒豆だろうが」
「黒豆ってのは正月に食べるやつだろ? おせちに乗ってくるあれだろう?」
「つやつやして甘いあれのことを言ってるのかい? あれは白豆だろうが。おかしなこと言うんじゃないよ」
「いや……おかしなことを言ってるのはあんただろうが。じゃあなにかい? おいらのこの髪の色は何色だって言うんだい」
「ぬばたまの白髪だろ?」
「いろいろ混ざってるよ! ぬばたまは黒髪にくっつく言葉だろうが! 白髪っつったらあんた、最近じゃグレイヘアなんていうあれだろ」
「ぐれいってなんだい。黒なのかい。白なのかい。それとも宇宙人のことかい」
「いや、だから。白だよ」
「白はあんたのそのつやつやした白豆みたいな髪色のことだろ」
「いやいやだから! おいらのこの髪色は黒だから! じゃあなにかい? ピアノってあるじゃないか。あれって上下に押すところがついてるだろ? あの半音音が変わるところ、あれをあんたはなんていうんだい?」
「白鍵だろ?」
「白鍵じゃないよ! いいかい? ウィキペディアにも書いてある。
『ピアノ・オルガンなど鍵盤楽器の黒色、稜隆台形の鍵』を黒鍵というって。ちょっと丘っぽい形のところが黒鍵なんだよ! 黒鍵、黒い鍵ってことさ。わかるかい?」
「冗談言うんじゃないよ。あれは白鍵だって。うちの村では白鍵って言うよ?」
「じゃあ、役者じゃない黒づくめの装束で、役者に小道具渡したりするあの人は?」
「ああ、あの白づくめのあの人ね。白子だろ?」
「白子?! 白子てあれだろうが、魚類のほおらあの……精巣だろ?」
「なに言ってんだい? 鍋に入れたりするあれは黒子だろ?」
「鍋に、黒子?! 地獄絵図だよ・・・。ちょっと待ちな、同じ字でほくろを黒子とも書くね。これは?」
「白子だろ?」
「やっぱりかい! あんたの村、おかしいよ」
「そうかい? こっちからしたらこの白石を黒石と言うあんたの方がおかしいがね」
「おかしいかい? だが大方の人間はそうだよ?」
さあ、もうぐうの音も出ねえだろう。西吉も納得するだろうと思ったんだが、そのとき、西吉がこう申しました。
「大方の人間が言うことが正しいのかい? たくさんの人間が納得すりゃあそれが正義なのかい? うちの村はちっぽけだが、ぬばたまの白髪は当たり前の言葉だ。それはあんたたちと違うからって『間違ってる。おかしい。直せ』と言われなきゃなんねえことなのかい? あんたたちの方はいいだろう。なにもしなくてもいいのだから。
だがおいらたちはどうだい? これまでずっとぬばたまの白髪と思っていたものをぬばたまの黒髪と呼ばなければならない。なかなかにしんどい変化だって想像してみたことがあるかい」
それを聞いて東太。目からうろこが落ちたように思ってね、自分の当たりめえを当たりめえと思っちゃあいけねえとふかーく反省しました。
「悪かったねえ。嫌あな心もちにさせたねえ」
すっかりしおれちまって、今宵はもう遊びはここまでで眠りてえと思い始め、東太はこう申しました。
「もう、ばりばりしたいよ」
それを聞いて西吉、目をランランとさせた。
「そうかいそうかい! じゃあ今夜は朝までおせろしようじゃないか!」
「え、いや俺はばりばりしたい・・・」
ばりばりは東太の村じゃあ、眠りたいって意味だったんだがちっとも伝わらない。結局明け方になるまでおせろを楽しんだとかで。
まあ、ところかわれば言葉も変わる。
自分のあたりめえはあたりめえじゃねえって話でさ。
お粗末様でございやした<m(__)m>
最初のコメントを投稿しよう!