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外は風が強くて、思った以上に寒かった。空には半月が見える。美春の言っていたガソリンスタンドまでは、家から歩いて十分ほどのところにある。街灯もほとんどない、他に歩いている人もほとんど見かけない、静かな道を二人で歩いた。
ガソリンスタンドのすぐ裏手は森になっていて、夜にここへ入るのはなかなか勇気のいることだった。僕は正直ビビっていたが、美春は何も気にしていない様子で、
「いこっか」
と言ってすんなり森に先に入っていった。
すっかり抜け落ちている枯れ葉をパリパリと踏みながら、奥へ進んでいく。何をそんなに急いでいるのか、というくらい美春は早足で歩き、置いていかれないように急いでついて行った。
枯れ木の間を縫うようにして進んでいくと、僕と美春が小さい頃に秘密基地を作って遊んでいた場所まで辿り着いた。秘密基地とはいってもただ丸太のようなものを二つ置いて椅子代わりにしていただけで、虫を捕まえたり、近くの川で遊んだりした後の休憩所として使い、それを秘密基地だと呼んでいたのだ。ここに来ること自体、ほとんど十年ぶりだった。
「これ」
と美春が指差した場所には、本当に穴があった。それは穴と呼んでいいものなのかすらわからない、不思議なものだった。
空間の一部を墨汁で円く塗りつぶしたような、暗闇の中でもはっきりわかるほどの漆黒の円がそこにあった。地面から十センチほど離れたところから確かに浮いていて、美春の言っていたように半径一メートルほど、直径二メートルほどの大きさだった。恐ろしいほど綺麗な円が宙に描かれている。
横から見ると線のようになってほとんど見えなくなる。どちらが正面でどちらが裏側なのかはわからないが、ある方向から見た時だけその黒い穴は綺麗な円として見える。
「これ、なんだろうね」
僕が呆然としていると、隣で美春が呟いた。美春は落ち着いていて、珍しい昆虫を見つけた程度のテンションだった。
「どこか、別の世界にでも繋がってるのかな」
美春が不思議そうに言う。見ていると、僕も段々と異世界に通じる穴なんじゃないかと思えてきた。こんなものを見るのは初めてだ。
「凄いねこれ。物凄い大発見な気がする」
僕がそう言うと、美春はゆっくりとその穴へ近づいていった。
「あんまり近づかない方がいいよ。何が起こるかわからない」
美春はその穴に、自分の鼻を近づけた。
「匂いは別にないみたいだね、省吾もこっち来て匂ってみて」
恐る恐るその穴に触れられる距離まで近づいて鼻を近づけてみたが、別に何も匂わなかった。この場所に元々ある土や木の匂いがするだけである。
「ブラックホールみたいだね」
美春は呑気な調子だった。確かに、この黒い穴はなんとなくブラックホールを思わせる。本当にこれは、どこかここではない別世界への入口なのではないだろうか。SFだ、と僕は思う。
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