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「起こしたりすんなよ。わかったな」
「は、はいっ」
雰囲気だけで気圧されて僕が子どもを抱っこすると、男はトイレへと駆け出していった。呆然としながらも、腕の中の重みを揺り上げて抱え直した。
もし泣かせたら ただじゃ済まないだろうな
店長、早く帰ってきてよ。
いつもなら一人で気ままに出来る時間なのに、僕は急に不安になってきた。じりじりと待ち続けていると、嫌でもその存在が気にかかる。子どもはカイロみたいで、自分の身近にない温度だった。そっと覗き込むと、睫毛が長くて可愛らしい顔立ちだ。初めはそれほどでもなかったのに、だんだん腕がしびれてきた。こんなにずっしり来るなんて、米より重く感じる。
そして、恐れていたことが起きた。
ぱちっと可愛い瞳が覗いて僕を認めたかと思うと、子どもはみるみるうちに顔を歪め、下唇を突き出してへの字口になった。
ヤバい 泣くな! 泣かないでくれ!
「ぱ、パパはトイレに行ってるから、もうちょっと待っててね」
僕の言ってることなんて耳に入ってないだろう。今にも涙がこぼれそうになり、大声を上げる準備を整えた唇が開かれていく。
あ あ あ
神様~~!!
「ままぁ~」
堤防が切れたように子どもが泣き出した。僕の方が泣きたい気分で必死にあやして宥めたが、男の子は僕から逃れようと思いきり体を後ろに反らした。勢いに引っ張られて僕の体も傾き、危うく取り落としそうになった。
「あっ、ぶね!」
仕方なくカウンターに寝かせるようにして、ともかく怪我だけは避けようとしたが、背中が安定したせいか今度は暴れて僕を押し退けようとする。
待ってよ
この声聞かれたら……
「てめえ、この野郎っ」
ひええ
何のお約束なんだよ コレ
男が戻ってきた。びりびりと響く太い声に僕はチビりそうになりながらも、子どもを落とさないように必死で押さえていた。
何でこうなるんだ
僕は何もしてないぞ
「起こすなって言っただろーがっ」
「す、すみませんっ」
「タクトぉ~。ほら、こっちおいで~」
猫なで声で呼びかけて男は軽々と抱き上げたが、子どもは泣き止みそうにない。
「やべーな。やっと寝付いたとこだったのに」
男が呟いていると、またチャイムが鳴った。
よかった
誰かがいてくれたら 変な真似されずに済むかも
「い、いらっしゃいませ」
入ってきたのは地味な若い女性だった。お風呂上がりなのか部屋着のようなゆったりしたワンピースに、ターバンで上げた長い髪を後ろでお団子にまとめている。眉毛のないスッピンで僕をじろっと睨むと、これまた低い声で言った。
「おまえ。泣かすなって言っただろーが」
え?
なに この人も?
僕が身構えると、背中で弱々しい声がした。
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