第二話:最初の慈善事業

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第二話:最初の慈善事業

 父親が言う。 「ラスティ。お前も闇を知る年齢になった。明かそう、我が家の闇と繁栄の歴史を」 「それは『麻薬』と『暗殺』と『奴隷』ですか?」 「どこでそのことを!?」 「書斎に置いてある本に全て載っていました。まずは麻薬の密売で資金を得て、水面下で暗殺者を雇って敵対者を始末する。更に敵対者の領地から攫った人間や亜人種を奴隷として、市場の奴隷交易で売り捌き、安定した収入と労働力を得る……良く考えられている。しかし下種なやり口と言わざる得ません」 「否定するか? 我が家を」 「肯定も否定もしません。私は既に闇の恩恵に預かって成長した。裕福な家庭、十分な勉学と訓練ができる組織に所属している」 「それも全て麻薬と暗殺と奴隷によるものだ」 「人を不幸にして得た幸福ならば、この先の人生、それで得たものを返す為に生きるとしましょう。奴隷で成り上がった悪徳貴族のイメージ改善を目指す慈善活動……という名目での活動なら、救済措置を取る口実にもなる。『釣り合い』が取れた落とし所でしょう」 「妹のメーテルリンクはどうするつもりだ?」 「知らぬままが幸せと思います。不幸の責任は、私が背負い、負債を支払います」 「すまない。情けない父親で」  ラスティは笑う。 「仕方がない事です。昔から続いてきたことを急に変えるなんて難しい。それに領民たちを飢えさせるわけにはいかない。お父様も立場と良心の板挟みだったことは想像できます。私は、弱いことを悪いことだとは思いません。真なる悪は、何もしないことにこそあると考えます」 「お前は、私を許すのか?」 「許す許さないは問題ではありません。お父様は、悪を成して私達を善とあれと育てた。ならばその蒔いた種は幸福を実らすことこそ、本懐と言えましょう」 「お前は賢い。優しい性格をしている。だからこのはまま、人に優しくあってくれ、誰かを助けてあげてくれ。涙を流している者達に、安寧を届けてやってほしい。悪徳貴族だと蔑まれても、人を慈しむ心を失わずにいてくれ」  ラスティは胸を手を当て、膝を折って頭を下げる。 「我が命に代えても、その命題。成し遂げましょう」 ◆   「すう、ふうう……」  そうして深呼吸しながら普段から圧縮し、爆発を高速に繰り返して、強固に練り続けて溜め込み続けている『魔力』をゆっくりと体内全てへと行き渡らせ、『血』に変えるつもりで浸透させていく。  すると肉体の内部から淡い『魔力』の光が溢れていく。 「属性変形・雷槍穿ち」  ラスティの指から輝く雷が発生して、槍のように前方へ放たれる。 「属性変形・炎舞一閃」  炎がラスティの手に纏わりついて、刃のように空間を切り裂く。 「属性変形・水鳥飛来」  水のような魔力が鳥の形をして空を飛ぶんで遠くの木々に着弾する。 「属性変形・冷冷気」  周囲を凍てつかせる氷の息吹がラスティの口から放たれる。  自分で編み出した技を発動させながら、体全体に浸透させた魔力を更に細かく制御する。  己の体全てを確認するが如く一か所に集中、あるいはすべてに拡散などを繰り返し、魔力の属性変換なども行う。 「肉体の魔力強化。……ふっ!!」  ラスティは『魔力』を纏うままに徒手空拳の構えを取ると四肢を振るい、闘舞を踊り始めた。少年の拳や足が唸る度、空間は叫びを上げて震え、周囲の木々や大地は砕かれていく。 「装備の魔力強化」  闘舞を踊り終えたと思えば次の瞬間に腰に携えた剣を抜き、剣にも『魔力』を纏わせると剣舞を踊り始める。剣で踊る度、空間に木々、大地が闘舞を踊ったときのように切り裂かれていった。 「魔力変形・空間指定・時戻し」  ボロボロになった大地が、綺麗な姿を取り戻していく。炎などの属性変形、自身や武器などの強化、更には限定的な空間の時を巻き戻すことに成功していた。  この異世界に生まれて十年――ラスティは十才になった。とはいえ、生活は特に変わらずヴェスパー家の長男として誇れるような者に、そして妹のメーテルリンクを補佐し続けられる者になるために自己研鑽に励んでいる。  最近は『慈善活動』を始めていたりする。 「魔導兵装の準備もできているし……良い調子だ」  『魔力』は自らの体内ならばスムーズに伝導することが出来るのだが、これが剣などの物体になると話が違ってくる。  要するにロスが出来てしまうのだ。例えば鉄の剣に魔力を100流したとする。そのうち実際、剣に伝わるのは10程度で実に9割の魔力が無駄になってしまう。  魔力を流しやすいミスリルの剣でも100流して、50伝われば高級品扱いだ。  それぐらい、実は物体に魔力を流すのは難しい。  良く練り上げた魔力を込めさえすれば例え、木や布でも鉄を切り裂いたり出来る(実証済み)が、消耗具合が半端ない。  そうした問題を解決するためにラスティはゴーレムに着目した。  ゴーレムは岩と土である。  しかしゴーレムは人の形をして、動くことが可能だ。魔力は消費するものの剣に伝達させるのに比べて明らかに効率が良い。しかしただの土では伝達効率は悪い。  何故なのか?  その答えはゴーレムのコア……つまり心臓にあった。このコアは人間のとは真逆の性質、知的生命体以外に伝達しやすいだった。  ならばこのゴーレムのコアを加工して、胸につければ、硬質的でありながら、ヒロイックな鎧にも見えるパワードボディースーツに変身し、武器などにもゴーレムのコアを通すことでロスのない伝達が可能となった。  後は実戦するのみだ。 「お兄様、おはようございます。朝が早いですね」 「おはよう、メーテルリンク。今起きたところか。随分と寝坊助さんだ。母上に怒られるぞ」 「それは怖いですね。でも時間通りですよ? お兄様が早すぎるのです」 「私は寝るのが不得意だからな、どうしても目が覚めてしまう」 「ふふっ、だからといって手加減して差し上げませんよ?」 「兄の威厳があるからね。負けないさ」  最近はラスティが魔力の制御鍛錬法などを教えた事で更に腕を上げ続けているメーテルリンクと今日も俺は制限状態とはいえ、決着のつかない手合わせを繰り広げた。 「う、うう……二人とも俺より強いとか父の、ヴェスパー家の主の威厳が……」 「まぁまぁ……子はいずれ、親を超えるものじゃない」 「早過ぎなんですけどっ!?」 「貴方が情けないのよ。悔しかったら政治は任せて剣の腕も磨きなさい」    木刀が弾き飛ばされて、そのままラスティはメーテルリンクを押し倒して首に木刀を押し当てる。全身を黒い魔力の腕、ラスティの【魔力変形・腕】によってガチガチに締め付けられたメーテルリンクは苦しそうに呻く。 「私の勝ちだ」 「降参します」  ラスティは立ち上がり、メーテルリンクの上から退くと、手を差し出す。メーテルリンクは泥だけの手で触っていいものか迷うが、好意に甘えて手を取った。  ラスティがメーテルリンクの体を引っ張らあげて、立ち上がらせる。そしてお互いに離れたあと、剣を納めて、一礼する。 「ありがとうございます」 「ありがとうございました」 「それじゃ、今日もお願いして良いですか?」 「構わないよ」  手合わせが終わって風呂を浴びると、フロアでメーテルリンクが待っている。  メーテルリンクは髪を梳かすのを頼んできた。少し前、偶々メーテルリンクの髪が跳ねていたのが見えたので、手で梳かしたのを切っ掛けに今では櫛をも使ってラスティは妹の髪を整える係になっていた。  これも一つのコミュニケーションと言えるので不満も何もない。 「ん……ふふ、どんどん上手くなっていきますね。おにいさま。流石です」  梳かしている間、心地良さげにするメーテルリンクを見るとこっちも嬉しくなる。 「それはこちらとしても嬉しい限りだ。我が愛しの妹の喜ぶ顔が見れるのは言葉にできない喜びが胸に湧き上がる」 「いずれは恋人にもこれをやってあげるようになるんてすよね……そう簡単にはお兄様はあげたりしないですけど! 私が見込んだ女性しか駄目です!」  何やら一人、盛り上がり決意するメーテルリンク。 「気が早いな。どちらかといえばメーテルリンクの方に悪い虫が寄ってきそうで落ち着かない」 「いいえ、私よりお兄様です。それに早すぎる事なんてないです。このままだと絶対、ラスティは将来、多くの女性にモテるようになってしまいます」 「それは男冥利に尽きることこの上ないな。私を好きになって、駄目になった、なんて事を女性達に味わせるわけには行かない。これからも自己研鑽は怠らないようにしないと」 「これ以上格好良くなったら、家族の一線を越えてしまいそうです」 「大丈夫さ。メーテルリンクとなら夜をともにしても泣かせる結末には至らない」 「〜〜〜〜!! もうお兄様!!」  振り返り、抱き着いてきたメーテルリンクに応えラスティも抱き締め返し苦笑するのだった ◆  依頼を説明させてください。  今回襲撃するのはヴェスパー家領内のセクター23を根城にする犯罪者集団の排除となります。  彼らは違法な奴隷取引を行っており、ヴェスパーを含めた多く家の悩みのタネとなっています。  規模としては大きくありませんが、魔法戦士を配備して、統制の取れた組織活動を行っています。  明らかに他の貴族からの嫌がらせの命令も兼ねているのでしょう。悪徳貴族と名高いヴェスパーの名を更に貶める……もしくは利用するのが目的です。  『慈善活動』を行う上で、犯罪者集団の排除は必須事項です。それでなければやつらの支配下に置かれて、幸福を世界に増やす目的も潰えます。  これは試金石です。  貴方がこの世界において恵まれた環境にいる自覚があり、ノブリス・オブリージュ(持つ者の義務)を実行する覚悟と力があるのなら、この程度の依頼は容易いでしょう。  貴方の力を見せてください。それがこの依頼の全ての意図です。 ◆  深夜の中であるにも関わらず、とある廃村には明かりが付いていた。  この廃村は近くの商隊を襲撃し、成果を上げた事で気分良く、宴会をしている盗賊団の拠点だった。  ラスティは白の礼服を纏いながら、歩いていく。暗い道の中で、それは奇妙なほど明るく映った 「心を殺して完遂しろ、己の使命を」   そうして、開発したばかりのゴーレムコアによる防具と剣を装備したラスティは遠くから盗賊たちの様子を見て、初めての殺人に気持ちを引き締める。 「魔導兵装ゴーレムギア、セットアップ」  次の瞬間、『魔力』を練り上げ体からバトルスーツ、そして剣にも伝導させるという戦闘態勢になり、背中から金色の光が溢れる。閃光の如く駆け抜け、盗賊団の宴会会場に突っ込んだ。 「んだぁ? テメェは!?」  盗賊の一人が問いかける。ラスティは剣と共に言葉を返した。 「偽善者」  剣閃が乱舞する度、盗賊団は断末魔の叫びを上げながら切り刻まれ、肉や血を周囲にばらまきながら解体され、塵となって消えていく。  完全に油断し、警戒してすらもいないのもあって僅かな時間で碌な抵抗も出来ずに全滅した。 「命失われた者に魂の救済を」  魔導兵装ゴーレムギア装備を解除して、その場に白い十字架を立てる。  盗賊団の拠点に置かれた商隊の死体の埋葬する。そして馬車の荷台ごと拠点まで連れて行こうとした時、荷台がガタリと動いた。  中を見ると、檻の中に入れられた少女がいた。 「君は……奴隷か」  首輪に手枷、足枷に猿轡までされる徹底ぶり。エルフの耳と金色の髪が見えるので、囚えて売り払う算段だったのだろう。 「ひどい傷だ……虐待でもされていたのか……まずは傷を治そう」  そう言ってラスティは奴隷の少女に触れようとする。しかし少女は激しい抵抗をして暴れ始めた。 「暴れないでくれ、君の傷を治したいだけなんだ」  少女の腕をつかむ。 「魔力変形・治療」  じゅじゅじゅじゅ、と音を立てて奴隷の少女の傷が消えていく。その頃には奴隷の少女の抵抗も収まっていた。 「傷は治した。枷を解く」  一つ一つ小さな剣で鉄の鳥籠を壊していく。 「貴方は……何者なの?」 「ヴェスパー家長男のラスティだ。今は慈善活動組織『アーキバス』の一員としてここに来ている。といっても一人だけだがね」 「助けてくれて、ありがとう」 「君だけでも助けられて良かった。まずは家につれて帰って、家族を探してもらおうか」 「いないわ」 「いない?」 「みんな殺された」 「……そう、か。なら、君はどうしたい? ある程度の融通はきけるはずだ」 「……住む場所も、名前も、記憶も、お金も、全部ない」 「なら、私が雇おう。完全週休二日制、八時間に一時間の休憩、高水準の宿泊施設と設備、一時間2000ギル、残業なし」 「?????」  クエスチョンマークを浮かべるエルフの少女に安心させるように笑いかける。 「大丈夫。君の安全を保証する。慈善活動組織『アーキバス』とヴェスパー家の名にかけて」
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