序章 神殺し

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序章 神殺し

 神殿を出ると白い綿毛が舞っていた。いや、綿毛ではない。手にふれると冷たく、とけてゆく。  生まれて初めて見る雪だ。  日暮れから降りだした雪はまたたくまに大地を白く染めあげた。  冬が来たのだ。  の世界には季節がない。だから、こうした天候の変化、季節の移りかわりが、とてもめずらしい。  真綿のようにやわらかな雪のなかを裸足でかけまわるのも、今は楽しかった。そのあと、凍える寒さで体が悲鳴をあげることなど、は知るよしもない。  は神だ。この世界の者たちがあがめる神そのもの。  極世界の管理者。  その名を(コルヌ)(レクス)。  ほぼ永劫とも言える時のない世界に、ただ一人だけ存在する孤独に退屈して、人の世界へ遊びに来たのだ。  人界は何もかも目新しい。こんな山の上の何もない僻地(へきち)ですら、彼の興味をかきたててやまない。  彼はこの世界で生まれたての赤ん坊にも等しかった。無垢(むく)で、無防備。  何しろ神だから、何も怖いものなどなかったし、彼の本体は不老不死だ。半永久的に二十歳の肉体のまま、人生の最後の瞬間にだけ、次の極管理者と生をまじえる。それは恋かもしれないし、友情かもしれない。  コルヌが誕生した瞬間、前任者と出会ったときには、それは師弟関係、あるいは父子のそれに近かった。前任者は(ドラコ)の王。その交流は一瞬でもあったし、永遠でもあった。  だが、ドラコレクスが去ったあと、コルヌはずっと一人だった。それが極管理者の定めだから。  ドラコも若いころ——それは精神的な意味での若さをさす——人間の世界に何度か降臨したと言った。だが、けっきょくは存在のレベルが違いすぎるので、一方的な交流にしかならない。最後には失望が残るだけだと語っていた。  それでも、コルヌは夢を見ていた。やりかたによれば、人ともっと対等にふれあえるのではないかと。  だから、極世界に本体を残し、これは彼が髪と血を材料に、思念で作った分身だ。人の姿を模している。  極世界へ意識を回収するためのを宿してはいたものの、それ以外は完全に人間。ただ、人にしては美しすぎたかもしれないが。  無邪気に神殿のまわりをはねまわるコルヌだったが、とうとつに彼の楽しい時間は終わった。背後から、とつぜん、何者かになぐられたのだ。  本体の彼なら、きっとシルクのハンカチでやんわりとなでられたほどの衝撃もなかっただろう。しかし、この体は真に人に等しかった。後頭部を棒状の何かでなぐられて、そのまま意識が混濁した。もうろうとする彼のまわりで人の声がする。 「父さん! 何してるんだよ」 「見ろ。こいつのこの冠を。黄金だぞ。それにこの意匠。こんな素晴らしい細工、見たこともない。この眼帯も金細工だ。神の世の品なのか?」 「神殿から出てきたんだよ? 巫女か神官だよ」 「まさか。この神殿はとっくに廃墟だ。こいつこそ、財宝荒らしだろう。神殿のどっかに残ってた宝物を手に入れたんで、はしゃいでたんだ」 「だからって、し……死んだの? 人を殺すなんて、ゆるされないよ」  どうやら親子のようだ。  男の子と老いた父親。  それももう、コルヌの目はかすれ、よく見えない。しかし、眼帯をはがれたとき、その目に映る男の表情に、彼は戸惑った。なぜなら、襲われて、今にも死にそうなのはコルヌなのに、おびえていたのは男のほうだったから。 「な……なんだ、こいつ。ほんとに人か? 竜……か?」  竜? ああ、そうか。私がドラコレクスから受け継いだを恐れているのか。 「父さん! だから言ったのに。これは神様の使いだよ。こんなことして、絶対、よくないめにあうよ」 「な……何が神の使いだ。誰も信仰してない古い神など、ただの石くれだ。怖くなんかあるもんか!」  男は叫ぶと、棒をすて、かわりにナイフをとりだした。それをコルヌのにつきたてる。片目をえぐりだしているのだ。 「やめろ……それは、私が極世界へ帰るための……」  接点なのだと、最後まで言えなかった。血が大量に流れ、コルヌの意識はそこでとだえた。  殺された神の上に、ハラハラと雪が降りつもる——
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