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神殿へ
アレの正体がなんなのか。
竜の出現に関係あるのか。
できれば、スティグマータから話を聞きたかったが、それは不可能だ。少年は恐怖のあまりか、言葉を失っていた。
しかし、それよりもおどろいたのは、この館が色子宿ではなかった事実だ。娼館には違いないものの、店にいるのはコルヌをのぞき、すべて女である。
「あら、たいそうハンサムさんじゃない。誰の客?」
「ねぇ、お兄さん。あとで、あたしの部屋にもよってきなよ。サービスしてあげるよ」
「ちょっと、アラネア。ぬけがけしないで」
「あんたの出る幕じゃないよ。セルペンス」
わらわらと女たちにかこまれてしまった。
「悪いが、おれはコルヌの恋人だ」
「またぁ?」
「いい男はみんな、そう!」
娼館には五人の娼婦と、二人の少女見習いがいた。見習いは召使いをかねている。どの女もかなりの美人である。王の都にも、これほど質の高い女をそろえた宿は少ないに違いない。ほかは台所女と雑用係。やり手婆。用心棒二人。宿のあるじはグラキエス。
「おやおや。コルヌめ。また勝手に男をひきいれて。まあ、あいつには自由にさせてるんで、かまいません。どうせ、今は商売あがったりなんでね」
グラキエスはいかにも金勘定の得意そうな、やせぎすの男だ。
「しばらく、世話になる」
よくは思われていないのかもしれないが、とりあえず、宿泊はゆるされた。
娼館カエルム。レンガ造りの三階建て。台所は土間。そのかたすみでスティグマータから湯をもらい、体をふいた。
「見て。細く見えても、たくましい」
「若いのねぇ。肌なんか、スベスベじゃないか」
「可愛がってみたいねぇ。コルヌの専用でなけりゃ」
女たちはまださわいでいる。
鳶色の髪に、あざやかな青い瞳。日に焼けた褐色の肌。
ケルウスは自身が、かなり整っていることは自覚している。一度でもなかへ入りこんでしまえば、こっちのものだ。またたくまに女たちと仲よくなった。
「やあ、しばらく泊まるので、よろしく。あとで歌を聞かせてあげよう」
「きゃあっ。いい男が歌うんだって」
「夜になったら戻るから、そのときに」
こうしておけば、情報収集がより容易になる。
女たちをひきつれて戻っても、コルヌは怒らなかった。もっと妬くかと思ったが。それとも、妬いてほしかったのだろうか?
「姉さんたち、全員は部屋に入れないよ。さあ、出て出て」
「だって、あんたばっかり、いい男つかまえて、ズルイじゃないか」
「いい男は金を持ってないんだよ? こっちが養ってやるんだ」
「それでもいいよ。こんだけ男前なら。イヤな客のあと、優しくしてくれるだけでいい」
にぎやかに食事するあいだ、スティグマータはいっさい、近よらない。パンとハムを手づかみで奪うと、サッとどこかへ走っていった。まったく、なつかない獣だ。
「姉さんたち。おれは吟遊詩人なんだ。古代の神殿に現れた竜を調べに来たんだが、何か知らないか?」
「さあねぇ。竜が来てから、ろくなことないからね。とんだ疫病神だよ」
「ねぇ、ヴェスパー。あんたのいい人、王都から来た兵隊じゃなかった?」
「そうそう。スクトゥムだっけ?」
みんながその話題で盛りあがるなかで、一人だけ何かにおびえたようすの女がいた。ヴェスパーだ。名指しされて、戸惑ったようすを見せる。
「ここじゃ落ちついて食べれないね。あたし、帰るよ」
あわてて出ていくようすがおかしい。何か知っているのかもしれない?
しかし、女たちにひきとめられて、追っていけなかった。あとで話を聞こうと思う。
「じゃあ、行ってくる」
「ああ、いいねぇ。人の男でも、美形がいてくれるって。気持ちの張りが違うよ」
「気をつけてね。ケルウス」
「気をつけて」
「兵隊が文句言ったら、あとで、あたしたちがサービスするって言ってやんな」
「ありがとう」
女たちに見送られ、ケルウスは娼館をあとにした。
神殿は山頂だ。今朝は雪がやんでいる。それだけでも嬉しい。ただ、通りにつもった雪はそこここ赤い。
今朝がた見た遺体の数々を思いだす。あれは人間に成せる技ではなかった。なんらかの超越的な力が働いている。
(竜は古来より神聖な生き物だ。少なくとも、この村の神殿に降臨した竜は。なぜ、人を襲う? いや、それとも、竜の仕業ではないのか?)
山道の途中で、昨夜すれちがった親子の死体を見た。やはり、逃げきれなかったらしい。野ざらしになって、鳥が集まっている。
さらに進むと頂上が見えた。遠くからも、神殿がまだほとんど崩れもせずに残っているとわかる。千年も前の建物なら、とっくに崩れていて不思議はないのに。
ケルウスはそこからただよう不穏な空気を感じとった。あの場所で殺戮があった。苦痛の叫びがしみついている。
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