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「ここは何処? 何で私はここに? 帰らなきゃ! ちょっと、あなたは誰? 近寄らないで、ギャー!」
下でお祖母ちゃんが騒いでいる。いつもの事だ。毎日「財布が盗まれた」「ご飯食べてない」とおふくろを責め立てる。特に季節の変わり目は症状が悪化する。どうやら今日は若い頃に戻っているらしい。
「”裕次郎”、来てちょうだい!」
おふくろが大声で僕を呼んだ。いや、正確には親父の名前だ。仕方なく僕は階段を下りた。
「裕次郎! 一緒に帰ろう、山の家へ」
お祖母ちゃんは年のわりにはしっかりした足取りで僕に近寄ってきた。僕にすがりつくとおふくろを睨んだ。
「この泥棒猫! この女がお父さんを盗んだのよ。そのせいでお前も母さんも苦労したのよ。こんな女の家にいるなんて……不愉快よ!」
お祖母ちゃんから何度も聞かされていた。お祖父ちゃんはよその女と仲良くなり家を出て行ってしまった。そのためお祖母ちゃんは女手ひとつで子どもを育てた。長男である親父、裕次郎はお祖母ちゃんを助け新聞配達をしたり下の子の面倒をみた。そんな親父をお祖母ちゃんは可愛くて仕方がない。
でも現在、認知症になったお祖母ちゃんは親父を見ても息子だとは思わない。その代わり僕を息子だと思い込んでいる。
「裕次郎、さあ帰りましょう」
「うん、行こう」
お祖母ちゃんを連れて散歩をするのが僕の役目だった。近所をぐるぐる歩き回れば疲れる。お腹が空く。そして家に帰るとおふくろがご飯を作って待っている。その頃にはお祖母ちゃんも正気に戻り「昌子さん、いつもありがとう」とおふくろにお礼を言う。
今日もそのつもりでお祖母ちゃんを連れて気軽に家を出たのだった。
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