姨捨山にて

3/11
前へ
/11ページ
次へ
「どうしたの?」 「だって急に動き出すんだもの。いつもだったらそっと動き始めるのに。裕次郎、運転下手になった?」  そりゃあ親父は運転歴も長いし、タクシーの運転手をやっているくらいだから運転は上手い。 「急に大きな声出さないでよ。驚いて事故ったらどうするんだよ」 「あら、ごめんなさい」  再度安全確認をして何とか公道に出る事ができた。さあ次の信号を左折だ。 「裕次郎、喉が渇いちゃった。何かないかしら」  あるわけがない。ここは車の中だ。 「あー喉が渇いたー喉が渇いたー」  お祖母ちゃんはお経のように喉が渇いたコールをしていた。鬱陶しくてたまらない。仕方がない。コンビニでも寄ろう。  左側のコンビニを探して道路を直進する。右側のコンビニを何件か見送り、やっと左側のコンビニに辿り着いた。 「僕買ってくるね。お茶でいい?」 「コーヒーがいいわ。甘いやつね」  年寄りなのにお祖母ちゃんはコーヒー党だ。僕も眠くならないようにコーヒーにしよう。僕はコンビニに入りコーヒーを2本買った。 「はい、コーヒー」 「ありがとう」  蓋を外したペットボトルをお祖母ちゃんに渡した。お祖母ちゃんは力が弱いのでペットボトルの蓋を開けられない。 「ああ、生き返ったわ」  お祖母ちゃんは美味しそうにコーヒーを飲んでいた。ご機嫌が良くなったようだ。これで少しは静かになるだろう。  再度安全確認をし道に出た。この瞬間が一番ドキドキする。予定よりも大分遠くまで来てしまった。さっさと左折しなければ。僕は次の信号で左折のウインカーを出した。 「裕次郎、そっちじゃないわよ」  お祖母ちゃんがキッパリと言い切った。チラリとミラーから後部座席を覗く。お祖母ちゃんは目を爛々と輝かせていた。もしかしてコーヒーで覚醒してしまったのだろうか。 「家への道を忘れてしまったの? いいわ、私が道案内してあげる。しばらくは直進よ。そして踏切を超えたら左方向へ。そこからはしばらく道なり。カーブが多いから気をつけて。T字路は左。その先農協を過ぎたら右よ」  突然回路が繋がったようで、ナビ並みに細かく指示をしてくれる。それはお祖母ちゃんの実家への道順だ。お祖母ちゃんの家は山の中の一軒家。お祖母ちゃんの先祖は源氏だか平家だかの落人で、はるばる逃げてきて住み着いたそうだ。隠れ里というくらいなので相当山の中である。細い山道、見通しのきかない連続するカーブ。ガードレールも所々壊れていて落ちたら崖を真っ逆さま。小さい頃お祖母ちゃんの家に行くのが怖かった。そこまで僕に運転させようというのか。  いや、無理だ。僕の運転技術では天国直行だ。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加