姨捨山にて

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「でも我がご先祖様は優れた武者だった。落ち延びる際、将軍様から一振りの刀を賜った。それは妖刀だった。敗戦はこの刀のせいかも知れぬ、この刀を封印せよとの命を受けた。それでご先祖様ははるばる故郷を離れこの地にやってきた。  襲いかかる夥しい数の怨霊たちをその妖刀で切り捨てた。その甲斐あってこの地は浄化された。それからご先祖様はこの地に住むようになった。今妖刀は封印され眠りに就いている。その封印が解けぬよう、祈り続けるのが我が家のつとめ」  僕は恐怖で動けなかった。伝説を信じたからではない。姨捨伝説なんて山ならどこにでもある。ご先祖様が直々に将軍様から刀をもらうなんて信じられない。妖刀は……あるかも知れない。でも確か刀は全部政府に没収されて、一般の家庭にはないはずだ。  僕が怖いのはお祖母ちゃんだ。座った目で真っ直ぐに僕を見据えている。しかし焦点は合っていない。妖しく光る目、低くて土蔵に反響する声。経文を唱えるが如くよどみなくこぼれ出る言葉。僕の知っているお祖母ちゃんじゃない。 「この土蔵に刀は隠されている。一族の血を引くお前は祈らなければならない。それがお前のさだめ、そしてそれがお前の贖罪だ」 「贖罪?」  お祖母ちゃんは僕に背中を見せた。そして土蔵の扉を閉めながら叫んだ。 「この親不孝者! 働けなくなった私を捨てに来たんだね? お前をそんな悪い子に育てた覚えはないよ!」  言い終わると同時にお祖母ちゃんは扉を閉めた。慌てて扉に手を掛けるが、その向こうで”ガチャン”とかんぬきのかかる音がした。 「お祖母ちゃん!」  取手を引くが扉はびくともしない。まるで壁にはめ込まれてしまったかのように。 「僕はお祖母ちゃんを捨てようなんて思ってない。僕は父さんじゃない、孫の(きよし)だよ。忘れちゃったの?」  僕の声が土蔵の中をこだまする。外からの音は何も聞こえない。静まり返った土蔵内。漆黒の闇が僕を襲う。  どうしよう。誰かがかんぬきを外してくれなきゃ出られない。お祖母ちゃんはあてにならない。助けを呼びたくてもスマホは圏外……いや、ここは繋がるかもしれない。一縷の望みを託しポケットからスマホを取り出した。
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