一話 夜空のさきには

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一話 夜空のさきには

 もうすぐ夏休みが終わる。  明日には水月(みづき)は東京の新しい家に行っちゃうんだ。もともと、お父さんが仕事の都合で、一時的にこっちにいただけみたい。  だから、おれは決心した。 「水月、かけおちしよう!」 「えっ? かけおち?」 「そうだよ。かけおち」 「うん。でも、かけおちって……」 「世界で一番好きな人と逃げることを、かけおちって言うんだろ?」 「そうだけど」 「じゃあ、今夜、ご飯食べたら校門前に集合だ」 「集合して、どうするの?」 「かけおちなんだから、二人で逃げるんだよ」 「どこへ?」 「どこでもいいよ。どっか、遠くへ」  考えこんだあと、水月はうなずいた。 「わかった」  おれと水月が初めて会ったのは小学一年。三年前だ。  二学期になって急に引っ越してきた水月。クラスのみんなは仲よしグループができたあとで、水月はのけものだった。  水月はほんとに可愛くて、おばあちゃんが外国人なんだって。だから髪も茶色いし、色白で、目の色もちょっと変わってるんだ。  それでクラスの女子は水月を仲間外れにしてたけど、おれは気にしなかった。 「なあ、転校生。いっしょにサッカーしよう」 「う、うん」  毎日、野球やサッカーをして、いっしょに走りまわった。真っ白だった水月もすぐに日焼けして、ここらの子になった。  今じゃ親友だ。世界中で一番、水月が好きだ。でも、水月は東京へ行ってしまう……。 「おーい、雷音(れおん)。来たよ」  校門前で待ってると、水月がリュック背負ってやってきた。水筒もさげて、遠足みたいなカッコだ。 「水月。なんでそんなカッコなの?」 「えっ? だって、お菓子とか、着替えとか、財布とか」 「ふうん」  夜道だから、懐中電灯だけは持ってきたけど、おれ、なんの準備もしてなかったなぁ。そもそも、かけおちってどうやったらいいのか、よくわかんないし。 「まあいいや。とにかく、行こう」 「どこへ?」 「とりあえず、となりの町かなぁ。おばあちゃんのうちがある」  水月はクスッと笑った。 「雷音のお父さんやお母さんに、すぐバレそうだね」 「じゃあ、裏山の秘密基地」 「秘密基地なんてあるの?」 「うん。お父さんが子どものころに、みんなで作ったんだって。そこに言ってみよう」 「いいよ」  水月とならんで歩きだした。学校の裏山は前に課外活動でのぼったことがある。山頂には古い展望台なんかもある。たしか、あそこには自販機や水道やトイレもあった。  学校の裏の坂から登山道に入ってく。夜の山は暗くて、ものすごい迫力がある。ちょっと歩くと、もう、変な鳴き声が聞こえてきた。 「水月。怪物がいる」 「鳥だよ。もしかしたら、鹿かも」 「鹿って鳴くの?」 「うん。高い声で鳴くんだよ」 「ふうん。水月はなんでも知ってるな」  おれは成績もまんなかぐらいだし、運動は得意だけど、勉強は好きじゃない。でも、水月は博士ってあだ名があるくらい物知りなんだ。  懐中電灯、持ってきてよかった。薄暗いけど、なんとか道は見える。 「秘密基地ってどのへんなの?」 「さあ。聞いてない。でも、毎日、そこに行って遊んだんだって」 「じゃあ、きっと、学校の近くだね」  そのあと、さんざん歩きまわったけど、秘密基地は見つからなかった。  登山道を離れて探そうとしたとき、たぶん、雑草がからまって罠みたいになったところに足をつっこんだんだろうな。おれは見事にすっころんで、泥だらけになってしまった。 「イテテ。ひざ、すりむいた」 「じっとしてて。消毒するから」 「えっ? 消毒薬まで持ってきてんの?」 「違うけど」  水月はハンカチに水筒のお茶をしみこませて、それでおれの傷口をふいた。 「イテテ……しみる」 「でもちゃんと消毒しとかないと、バイ菌が入るといけないんだよ。緑茶は殺菌効果があるんだ」 「そうなんだ」  ケガは痛かった。けど、優しい目をして手当てしてくれる水月を見てると、なんとなく胸の奥があったかくなった。 「はい。これでよし」  水月が絆創膏を貼ってくれた。けど、ほんとはもっと、手当てしててほしかったな。
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