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彰乃の祈りも空しく、お昼ご飯の時間くらいから雲行きが怪しくなってきた。青い空を覆い隠す、灰色の分厚い雲。うげえ、と思っているうちに、大粒の雨が空から降り始めてしまう。気象予報士は、ちゃんと仕事をしていたということらしかった。
「雨嫌いだし」
ホームルーム後、机につっぶしてぽつりと呟いたのが聞こえたのだろうか。とんとん、と後ろから背中を叩かれた。
「嫌いなんですか、雨?」
「うん……」
振り返れば、そのにはウェーブした黒髪が美しい美少女の姿が。長い睫毛に縁どられた瞳は、明らかに笑っている。
「澪ちゃんは、雨嫌いじゃないの?」
彼女の名前は黒須澪。同じクラスの親しい友人だ。親しくなった理由は単純に、“黒岩”と“黒須”で名前の順が連続していて、たまたま席が前後だったというだけだが。
うちのクラスの先生がズボラなせいなのかなんなのか、五月も終わりかけの今になってもまだ席替えをしていないのだった。仲良くなった澪と席が近いままなのは、嬉しいと言えば嬉しいことなのだが。
「嫌いじゃないです。雨は雨で、面白いところがあるもんですよ」
「そういうもん?」
「そういうもんです」
いいところのお嬢様である彼女は、クラスメート相手でも丁寧語で喋る。
とてつもない美人だし、成績も優秀だし、運動神経もいいし、親切だしのほぼ完璧超人だ。多分、クラスで彼女のことが嫌いな人間はいないだろう。若干、コンプレックスをこじらせる奴はいるかもしれないが。
「私は雨は好きじゃないよ」
ぷくー、と頬を膨らませる彰乃。
「だってソフトボール部だもん。雨降ったら外で練習できないじゃん」
バスケ部だったら一応体育館にもゴールはあるし、陸上部も体育館のすみっこで走るくらいはできるかもしれない。でも野球部とソフトボール部はどうにもならないのだ。いかんせん、使う面積が広すぎるし、ボールを打ったり投げたりしたら近くにいる別の部活に迷惑がかかること必至だし、で。
我が中学校のグラウンドは広いので、外で練習する時はそういった不便を感じることもないのだが。
「外でやる部活の人は大変ですねえ」
澪はしみじみと言った。
「それに、月曜から雨は憂鬱な気持ちになって嫌だ、って人もいるようで」
「そうそうそれそれ。何も月曜から降らなくてもいいじゃんってなるの。まあ、だからといって金曜とか土日に降ればいいとも思えないんだけどさ」
「ですね。じゃあ、そんな彰乃ちゃんのために、ちょっと面白いお話を教えてあげましょうか」
彼女はにやり、と笑ってみせる。悔しいことに、美人はいたずらっ子みたいな顔をしていても美人なのだ。
「彰乃ちゃん、怪談好きでしたよね、確か」
「好き好き!何、雨に纏わる面白い話あるの?」
そういえば、オカルトとかおまじないが好きだという話をしたことがあったような気がする。彰乃が身を乗り出すと、彼女は窓の方を見て告げた。
「雨ってね、紛れるんですって」
しとしとしとしと。しとしとしとしと。
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