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マザーパニック
夏の暑い盛り。コンビニの前に屯する二十歳たち。冷たい缶コーヒーと加熱式たばこを持ち喫煙所を占領する。
「タクトのやつ、自衛隊に就職したって」
「えー。やべぇじゃん。今、入隊したら戦地行くんだろ?」
「いいんじゃない? 勉強できるのとか女子に人気だったり鼻にかけてたじゃん? 名誉の戦死とか似合いそうじゃん?」
「そう言えばタクトの母親も面倒臭いよな? 変にお節介焼きでさ。善人ぶってもどうせ表面だけだよ。タクトが戦死なんかしたら暴れるんじゃね?」
「それはそれで見てみたいなぁ」
喫煙所に集う三人はニカリと笑った。横のベンチに空になった空き缶を置き、吸い殻は灰皿の下に投げ捨てて足でもみ消す。
「善は急げだ。行こうぜ」
向かうはタクトの家。タクトの母はお人好しであると同時に人を疑うことを知らない。そのためタクトの父は母に余計な情報を入れないようにしていた。優しい人ほど、心を病みやすいのだ。
三人がタクトの家を訪れると庭の花壇に水やりをしていたタクトの母が笑顔で出迎えてくれる。
「タクトの同級生だね。タクトはいないよ?」
「知っています。そのことでお話が」
「あら? 何?」
三人は、心の中でほくそ笑む。善人の顔を壊す。こんな楽しいことがあるだろうか。
「タクトくん、戦地に向かったじゃないですか?」
「ええ。支援のために行っているわ。自慢の息子よ」
「……これは高校の同級生だけに届いた報せなのですが、タクトくんは……戦死したそうです……」
「え……?」
「確かな情報です。僕の友達で他に自衛隊に就職した人がいて、その人から……」
タクトの母の顔はみるみる青ざめる。ストンとその場にしゃがみ込んでしまった。
「タクトくんは立派な人でした。僕らも自慢です。今日はそれを伝えに来たんです」
三人は笑いを堪えていた。ここまで騙されるとはどこまでお人好しなのかと。
「タクトが……。タクトがもういない……」
「じゃあ僕らはこれで」
三人はタクトの母親に背を向ける。
「タクトがいない世界で生きる意味あるのかな?」
その声がした直後、ドスッと鈍い音がした。
「え?」
三人のうち一人が素っ頓狂な声をあげる。背中に刺さったシャベル。タクトの母はそれをズッと抜いて、血に塗れたシャベルを背を刺した男の首に向けて刺した。男は白目を剥いて倒れていく。すでに絶命している。
「あの世でタクトが寂しがるからあなたたちも死んで」
「ひっ!」
残り二人は逃げようとするが腰が抜けた。タクトの母は一人の額にシャベルを突き立てる。何の迷いもなかった。
「あなたもね。みんなみんな殺してやる……。タクトだけ死なせるものか」
シャベルをズリっと抜いて泣き叫ぶもう一人の額にズッと突き立てた。
「シャベルじゃ駄目ね。包丁に変えましょう」
タクトの母は台所に向かって包丁を手に取った。みんな殺してやる。タクトのいない世界なんか滅べばいい。そんな感情にとらわれて。
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