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タクトの母が包丁を取りに行っている間、庭で三人が倒れているのも見つけた近所の四十歳男性が庭に駆け込んでくる。
「おい! 大丈夫か!」
辺りに血が滲んでいく。男性は三人とも死んでいるのを確認してスマホを取り出す。
「誰がこんなことを……」
ザクッ。鈍い音がして男性は倒れる。タクトの母が脳天に包丁を突き刺したのだ。
「みんな殺さないと……」
その周辺は一時間後、地獄絵図となった。タクトの母は目に入った人を次々と刺していく。知り合いだろうがそうでなかろうとお構いなしだ。タクトの母は血塗れになりながら次の獲物を探す。警察も出動したが、見境なしに人を刺し殺すタクトの母に手を焼いた。おそらくあの人は最後に自らを刺す。そんな予感はあった。
あまりに悲惨な現場であるために報道規制もかかる。そんなときだった。予定が狂って現在出国直前のタクトに連絡がいったのは。
「君の母親がパニックになって猟奇事件を起こしている。君の手で止めてくれないか?」
「どういうことですか? 母さんが猟奇事件って?」
「もう何人も死んでいる。君の名前を呟きながら殺人を続けている。……パニック状態なのだよ」
「……分かりました。すぐに向かいます」
「君はそこにいたまえ。ヘリを飛ばす」
どうにも信じられない。あの優しい母さんが猟奇殺人などと。
タクトの母は日が暮れても獲物を探す。だが、周りに人はいない。すでに逃亡済みだ。何人殺したろう? 間違いなく三十人は殺した。でも足りない。タクトが死んだというのに、のうのうと生きる他人が許せない。
タクトの母の周りに警察と自衛隊が囲みはじめる。どうせ私は死ぬ。だったら一人でも多く道連れに。
その集団に向かい始めたとき、見覚えのある顔が見えた。見間違えるはずもない。
「タクト! タクトーー!」
タクトは母に向けて銃を向ける。
「母さん、ごめん!」
パンっと鳴った乾いた音。銃弾は母の額を貫いた。
「なんでこんなことを……」
発砲許可は下りていた。現場をみたタクト自身がその役目を自ら志願した。
タクトの母は即死だったが、突然猟奇殺人に走った理由はもう分からない。ただ歴史に残る殺人者として名を残した。
翌日、国中が騒然となる。タクトも精神を病み、自衛隊を辞めた。
「どうして……」
自らで終止符を打ったといえ、もう何があったかも分からない。
当たり前に季節は過ぎていく。その事件を人々はマザーパニックと呼んだ。息子の名を叫びながら人を殺す母。母を殺した息子。
検証する証拠もなく季節は巡る。タクトを閉鎖病棟に残して。
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