その2 マリーゴールドの種(4)

1/1
前へ
/27ページ
次へ

その2 マリーゴールドの種(4)

 東の空が、夜明け前の紫雲を纏う。  予想した通り、キャラバンの足が動き出すよりも早く、地平の先から近づくいくつかの砂塵が見えた。 「あれ? 私、眠って……?」  状況の変化を感じたのか、眠り姫が目を覚ます。 「なに、あれ? 野盗に砂嵐?」  目に映るのは、ルティの言葉のとおりの状況だった。  開けた視界の中に、馬に乗った荒くれどもが複数。そしてその背後を、巨大な球形の砂嵐が追従している。 「ち、違う、あれ、魔物よ。砂暴竜。砂嵐の中に竜がいる」  ルティは〈鑑定〉の技能で、砂嵐の正体を測ったらしい。  野盗の狙いはシンプルだ。  砂暴竜は砂嵐を纏う魔物。それにキャラバンを襲わせ、混乱に乗じて略奪するつもりなのだろう。 「これ、逃げたほうが……」  ルティの提案はもっともだ。  ただ、キャラバンはまだ動ける状況にない。そうなると、選択肢は限られる。 「シーク!? なんで戦おうとしてるわけ? こんなの絶対に勝てない」  勝てる可能性は高くないだろう。そして、護りながら戦うことはできそうにない。  だから、ルティを退避させて前に出る。  目標は砂暴竜。それさえ倒せば、野盗の目論見は崩れる。 「バカが! 潰されちまえ!」  砂暴竜を誘導してきた馬上の野盗が、品のないセリフを吐きながら横を走り抜けていく。  三下に構う時間はない。  砂嵐によって視界が狭まり、頬を砂が打ち、乾いた風を感じる。  巻き上げられた粒子がぶつかり合い、狂った悲鳴を奏で、満ちた雷気が震えているのが分かった。  僅かな時間の後、眼前に、砂暴竜の影が現れる。  一言で言えばそれは、巨大な蛇に見えた。  もたげた頭ははるか高所にあり、小さな城の尖塔を見上げているような感覚を覚え、その胴は太く、樹齢数百年の老木を思わせた。  その瞳にあるのは怒り。  野盗にテリトリーを犯されたのが、気に食わなかったのだろう。  ただこの状況下では、それが有り難くすら思えた。  大きく口を開け、それは正面から真っ直ぐに突っ込んでくる。  初めて戦う相手のはずだが、その動きは手に取るように分かった。  口を開けると正面が見えない。それが、ヘビ型の魔物の性。僅かに横に動けば、その捕食行動を回避することは容易い。  そして、首を伸びきったところで、その眼の隙間に剣を突き立てた。  竜と称される魔物。この程度のダメージで動きが止まるわけもなく、だが、眼に異物を差し込まれて痛みを感じないわけもなく、剣を突き刺したまま仰け反り、その首を大きくもたげる。  その瞬間、勝利を確信した。  左手を蛇の目に刺さる剣に向け 「〈雷光を 招け〉コールライトニング!!」  ささやかな雷撃魔法が剣に触れて弾け、一瞬の後、そこに本物の雷が突き刺さった。  砂嵐は嵐の一種。その内には雷気が屯する。  そこに放電経路を作れば、容易に雷を落とすことができる。  光が爆ぜ、肉が焦げる匂いが漂い、砂暴竜の巨体が倒れ、吹き荒れていた砂嵐が止まる。 「あいつ、砂暴竜をやりやがった!!」  砂暴竜の背後に潜んでいたのだろう。姿を現した野盗の下っ端が悲鳴を上げる。 「バケモノだ!! 勝てるわけねぇ!!」  野盗の戦意は低下している。予備の短刀を抜き、戦闘を継続――。 「そこのおまえ、武器を捨てろ!」  不意に背後から、声が聞こえた。 「痛っ! 放して!」  そこに見えたのはルティと、ルティを捕らえる男の姿。 「っ……!! シーク!!」  二重三重に手が込んでいる。魔物すらも陽動で、こんな奥の手を残していたらしい。 「人質が見えているだろ? 大人しく武器を捨てろ!!」  それは、捻りのない要求だった。 「あんた、バカじゃない? 私はアイツの、なんでもないのよ。人質になんて、使えるわけないじゃない!」  ルティは気丈に、そう言い放つ。 「シーク! 戦って! 私は、どうなってもいいから!!」  声は、聞こえていた。  この状況を昔どこかで、目にした気がする。  あのときの選択は……。  武器を手放して、大切なものを護ったはずだ。 「ぅそ……。シーク……」  ルティは泣きそうな顔をしていた。 「ふっ。武器さえなければ、大したことはない! お前ら! 取り囲んでミンチにしてやれ!!」  男が指示を出し、下っ端たちが周囲を取り囲んでいく。  不自然なくらいに思考はクリアで、感情が、ひどく不安定だった。  世界の動きがひどくゆっくりに見え、心音は、いやに早かった。  有象無象の影の中に、ルティの姿だけがはっきりと見えていた。  守るものは見えていた。  滅ぼすものはわかっていた。 「おい。おまえから行けよ」 「嫌だよ。てか、なんだよこの殺気。ホントに丸腰なのかよ……」  この場のすべてのヒトの声が、聞こえていた。  この場のすべてのヒトの動きが、見えていた。 「なんだ? なんであいつら、動かねぇ?」 「……怒ったあいつが怖いのは、この世界でも変わらないのね」  ルティが男と言葉を交わす。 「この世界? おまえ、一体何を言っている? あいつは何なんだ?」  それは、この状況に綻びを生じさせた。 「シークは……」  三下に用はない。  狙いはルティに危害を加える男、ただひとり。 「残念。時間切れね」 「な……? いつのまに、ここまで!!」  慌てた声。  一撃で、急所を穿つ。 「ぐっ……。バケモ、ノが……」  それが、男の最後の言葉になった。  敵が散っていく。  幹部をやられて組織の体を失えば、あとはただの烏合。追い打ちをかけるまでもない。  だから今は、倒れる事を選択した。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加